第18話 前編 持ち帰った鍵
祠から出たのは、夕暮れだった。
追撃は、なかった。
ヴェイルが残した紙を、拾い上げる。そこには、地図と、短い文章が記されていた。
『北方都市ガレンハルト 地下大聖堂跡 一か月後の満月』
「……満月まで、あと二十八日」
「間に合うわ」
シルファは、唇を結んで、紙を睨んでいた。
「ねえ、レイジ。さっきの、あの人の言葉」
「『板に殺された』か」
「あれは、本当だと思う?」
「わからない」
正直に答えた。
「ただ、嘘とも、言い切れない。マレンの日記を、読む必要がある」
「うん」
ティオを連れて、里の跡の、彼の隠れ家へ戻った。地下の、小さな部屋だ。三年間、少年は、ここで、息を潜めていたのだ。
床の隅に、何冊かの、擦り切れた本と、干した木の実が置かれていた。
「ここで、一人で、頑張ってたのね」
シルファが、ティオの頭を、そっと抱き寄せる。
「……もう、一人じゃないよ」
「はい」
少年が、小さく、頷いた。
「一緒に、街へ来る?」
「いいんですか」
「ええ。私たちの、家に」
「ありがとうございます、シルファ様」
「様、はやめて。『姉さん』でいいわ」
「……はい、姉さん」
照れくさそうに言う少年と、それを見つめて、微笑むシルファ。その横顔は、昨日より、少しだけ、強く見えた。
夜。
焚き火の前で、三人分のレトルトカレーを温めた。ティオは、一口食べて、目を、これ以上ないほど見開いた。
「……!」
「どうだ」
「な、何ですか、これ。魔法ですか」
「いや、ただの、俺の故郷の料理だ」
「おいしい。おいしいです。……母さんの、シチューの次くらいに」
「それは、光栄だ」
少年の目に、涙が滲んでいた。何も言わず、おかわりをよそった。
食事のあと、ティオは、シルファの膝で、すうすうと眠りについた。
火のはぜる音。
そして、俺は、懐から、革張りのノートを取り出した。
『この板を拾った、次の誰かへ』
一頁目を、めくる。
そこには、日本語の、流麗な文字が、並んでいた。
『はじめまして。私は、マレン。この世界での、名前です。
本当の名前は、書きません。それは、もう、必要のないものだから。
あなたが、この板を、拾ったとき、きっと、驚いたことでしょう。
私も、そうでした。
でも、これだけは、覚えていてください。
この板は、道具ではありません。
この板は、誰かの、願いです』
「……願い」
二頁目以降は、ところどころ、インクが滲んでいて、読みにくい。
だが、中ほどの頁に、はっきりと、読める一文があった。
『鍵は、全部で、三つ。
一つ目は、泉の祠。
二つ目は、北の聖堂。
三つ目は、――』
そこで、文字が、途切れていた。
頁が、破り取られた痕跡があった。
「……誰かが、破った」
指で、断面をなぞる。紙は、まだ、新しかった。
マレンの死後に、誰かが、この日記から、頁を、持ち去ったのだ。
(オルガさんが、渡してくれるまで、日記は、あの家のどこかに、あったはず)
となると、犯人は、あの家に、入れた人物。
脳裏に、ひとつの可能性が、よぎった。
家の周囲を、嗅ぎ回っていた、黒い外套の男。
あるいは。
「……考えすぎか」
首を振って、ノートを閉じた。
板が、胸元で、静かに、光っていた。
『お客様の評価:★ 4.6』
『古き鍵を、ご登録しますか?』
「登録?」
『登録すると、特別カテゴリーが、一部、解放されます』
画面の「はい」を、指先で触れた。
次の瞬間、鍵が、淡く光って、板の中へ、吸い込まれていった。
『第一の鍵を、登録しました』
『新しいカテゴリー「家電」が、ご利用いただけるようになりました』
「家電……!」
声が、勝手に、弾んだ。
「電気が、使えるのか」
『電源設備のご登録が、必要です。第二の鍵の解放により、発電機が、ご利用可能となります』
「……なるほど。そう来るか」
シルファが、膝の上のティオを、起こさないように、小声で言った。
「何が、解放されたの?」
「次の、冒険の、準備だ」
笑ってみせると、彼女も、静かに、微笑んだ。
焚き火が、ぱちりと、弾けた。




