第17話 前編 祠の問い
祠の中は、驚くほど、静かだった。
石を積んだ通路が、緩い下り坂になって奥へ続いている。壁には、円の中に三本の線が交わる印が、等間隔に刻まれていた。
「ティオ、里の人たちは、どこにいるの」
歩きながら、シルファが、少年に尋ねた。
「わかりません。僕は、三年前の夜、母さんに、床下へ隠されて、助かったんです。ずっと、里の跡の地下室に、隠れていました」
「三年も、一人で?」
「時々、森の外から、あの黒い人たちが来て。見つからないように、息を殺してました。今朝、青い光を見て、様子を見に出たら」
「捕まった、のね」
「はい」
少年は、悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、一つだけ、聞こえたんです。あの人たちの話」
「何て」
「『長老は、北の都市に運ばれた』って。『鍵さえ揃えば、解放の取引ができる』って」
シルファの足が、止まった。
「長老、おじいさまが、生きてる」
「はい」
「……取引、ですって」
声に、静かな怒りが、滲んでいた。
「鍵を、人質との引き換えにするつもりなのね」
「ああ。つまり、向こうは、里の人たちを、まだ殺せない」
俺は、慎重に言葉を選んだ。
「鍵が、揃うまでは、取引材料として、生かされてる。時間は、ある。ただ、無限じゃない」
「うん」
「焦らずに、でも、止まらずに行こう」
彼女は、ゆっくりと、頷いた。
通路の突き当たりに、円形の石室があった。
天井は、低いドーム状。床には、水が、薄く張っている。
中央に、一枚の、黒い石碑が立っていた。
その表面に、金色の文字が浮かんでいる。
『問う。汝は、何のために、鍵を求めるか』
「……読める?」
「いや。いや、読める」
不思議な感覚だった。見たこともない古代文字のはずなのに、意味が、頭に、直接流れ込んでくる。
「里の者の言葉でも、読めます。僕にも、わかる」
ティオが、目を丸くした。
「何て書いてあるの?」
「『何のために、鍵を求めるか』」
「答えるの?」
「たぶん。板の、誓いと同じで」
懐の黒い板が、淡く光った。
画面に、選択肢が、三つ浮かんでいる。
『一、力のため』
『二、富のため』
『三、守るべきもののため』
「……簡単な問題ね」
シルファが、苦笑した。
「普通に、考えれば、三番だろ」
「ええ。でも、簡単すぎない?」
「確かに」
営業の勘が、ささやいていた。ありふれた正解ほど、罠がある。
「ねえ、レイジ。『守るべきもの』って、誰のこと?」
「…………」
「それを、きちんと、言葉にしないと、いけない気がする」
彼女の目が、俺を、まっすぐに見ていた。
「あなたにとって、守るべきものは、何?」
しばらく、考えた。
前の世界では、会社と、給料と、見栄のために、働いていた。守るべきものなど、何もなかった。
この世界で、拾った板と、出会った人たち。
「……仲間と、居場所だ」
声に出すと、胸の奥が、ふっと温かくなった。
「君と、ダインと、リゼと、オルガさんと、ミーナと、屋台に並ぶ連中と。それが、守りたいものだ」
「……うん」
「あと、うまい飯と、清潔なベッド」
「ふふ。それは、ちょっと、台無し」
「正直なところだ」
笑った拍子に、板が、ひときわ明るく光った。
『三、を選択しました』
石碑の文字が、金色から、白へと変わる。
『答えは、受け取った。……だが、まだ、足りぬ』
「え」
水面が、ざわりと波打った。




