第16話 後編 泉のほとりの攻防
最初に動かしたのは、ケミカルライトだった。
数本を折り、広場の反対側の茂みへ、弧を描いて投げ込む。
カラン、と枝に当たる音。緑の光が、藪の中で、ぼうっと揺れた。
「……何だ?」
三人のうち二人が、そちらへ向き直る。
残る一人は、少年の傍らから動かない。
(計算通りだ。全員は釣れない)
「シルファ、右の男を」
「ええ」
弦の鳴る音は、ほとんど聞こえなかった。
茂みへ向いていた男の太腿に、矢が突き立つ。男が、悲鳴を飲み込んで膝を折った。
「敵だ! 森の連中が」
「違う。向こうだ!」
混乱している隙に、俺は、反対側から飛び出した。
右手に、銅貨四枚で買った、熊撃退用の大型スプレー。
「そこだ、動くな!」
少年の傍らに立っていた男が、こちらを向く。
構わず、安全ピンを抜き、真正面から噴射した。
赤い霧が、男の顔面を包んだ。
「ぐああああっ!」
目と喉を押さえて、男が、のたうち回る。
その手から、短剣が、からんと落ちた。
「ティオ君! こっちだ!」
縄を、ナイフで切る。少年は、呆然と目を見開いていた。
「……だれ?」
「シルファの仲間だ。立てるか」
「シルファ、さま?」
その名前を聞いた途端、少年の瞳が、ぱっと光った。
「シルファ様が、生きて……!」
「走れ! あっちの木の陰だ!」
少年を背に庇って走る。
だが、三人目の男が、いつの間にか、藪から戻っていた。
「逃がすか!」
刃が、背中へ振り下ろされる。
反射的に、俺は、ライトを顔の高さに掲げて、点けた。
白い光が、男の目を焼く。
「くっ」
刃が、わずかに逸れ、俺の肩をかすめた。熱い痛みが走る。
だが、次の瞬間。
男の肩に、矢が、深々と刺さった。
シルファだった。木の枝の上から、冷たい目で、弓を構えている。
「……二度と、里の者に、触れさせない」
男は、呻いて倒れた。
静けさが戻る。
三人とも、地面で呻いている。シルファは、枝から飛び降りて、少年に駆け寄った。
「ティオ!」
「シルファ様!」
少年が、飛びついてきた。彼女は、強く、強く、抱きしめた。
「ごめんね。遅くなって。ごめんね」
「ううん。生きてて、くれた。それだけで」
二人の肩が、小刻みに揺れている。
俺は、少し離れた場所で、傷を押さえながら、その光景を眺めた。
(……間に合ってよかった)
肩の傷は、浅い。板で買った消毒液とガーゼで、あとは何とかなる。
「レイジ」
シルファが、涙の跡の残る顔で、こちらを向いた。
「肩、血が出てる」
「かすり傷だ」
「嘘。座って」
有無を言わせない声だった。大人しく座ると、彼女は、救急箱を引き寄せ、手早く処置を始めた。
「痛い?」
「少し」
「我慢して。……それと」
包帯を巻く手が、わずかに止まった。
「ありがとう。ティオを、助けてくれて」
「君が射たから、間に合ったんだ」
「それでも」
彼女は、俯いたまま、小さく笑った。
「あなたが、私の、仲間でよかった」
その時、泉の水面が、ぴしゃりと波打った。
祠の奥から、低く、石を擦るような音が響く。
ティオが、顔を上げた。
「あ……祠が、開く」
「え?」
「あの連中が、青晶石を使って、何日も、こじ開けようとしてたんです。でも、びくともしなかったのに」
祠の入口を塞いでいた石板が、ゆっくりと、横へ滑っていく。
奥から、淡い金色の光が、あふれた。
板が、懐で、ひときわ強く脈打った。




