↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/52

第2話 後編 銀貨一枚の夜

ギルドに駆け込んだのは、閉まる直前だった。


受付カウンターには、見慣れた顔の受付嬢が座っていた。亜麻色の髪を後ろでまとめた、二十歳前後の女性だ。


「あら、レイジさん。今日はもう戻らないかと思っていました」


「薬草の依頼を達成してきた。確認を頼む」


袋を逆さにして十束をカウンターに並べる。受付嬢は一つずつ手に取り、手際よく数えていった。


「……はい、状態もいいですね。銀貨一枚です。第一層でこんなに綺麗に採れる人は、珍しいですよ」


「ありがとう。それと、一つ報告がある」


声を落とした。


「第一層で、グレイウルフの群れに遭遇した。四匹以上だ」


受付嬢の手が止まった。


「……本当ですか? グレイウルフは、本来は第三層以降のはずですが」


「ああ。罠でも張って、何とか逃げ切った。第一層の依頼は、しばらく控えさせたほうがいい」


「わかりました。すぐに調査班に連絡します」


彼女は真剣な顔で頷いて、それから、ふっと表情を緩めた。


「無事に戻ってこられて、本当によかったです。……あ、そういえば、レイジさん。『赤牙』のパーティーから外れたと、噂で聞きました」


「耳が早いな」


「冒険者のゴシップは、ギルドの一番の娯楽ですから」


苦笑いが漏れた。


酒場のほうを振り返ると、確かに数人がこちらを見ていた。あの無能がまだ生きていた、という顔だ。


「あの」


受付嬢が少し声を落とした。


「パーティーを外れても、依頼はいつでも受けられますからね。何かあれば、私に言ってください。ミーナと言います」


「……ありがとう。覚えておく」


銀貨を握りしめ、ギルドを出た。




パン屋に寄って、固めの黒パンと干し肉を買った。残りの銅貨で、宿の前払い金を二人分確保する。


小屋に戻ると、シルファは言われた通り、扉の内側で静かに座っていた。


「待たせたな。夕飯だ」


「あ……ありがとうございます」


黒パンを受け取った彼女は、両手でそっと持ち、ためらいがちに口をつけた。


「……硬いです」


「だよな。俺も正直、まだ慣れない」


顔を見合わせて、二人で小さく笑った。


それから、人通りの少なくなった路地を選び、宿へ向かった。黄色いレインコート姿の少女に好奇の視線が向けられたが、「雨が降りそうだから」と言い張って、何とか押し通した。


宿の主人には、「妹が迷子になっていた」と説明した。疑わしげな顔をされたが、追加の銅貨で口を閉じてくれた。


狭い部屋に入り、ようやく一息つく。


シルファは部屋の隅にちょこんと座り、レインコートのフードを恐る恐る外した。


「……レイジさん。重ね重ね、ありがとうございます」


「礼はもういい。それより、少し真面目な話をさせてくれ」


俺は懐から黒い板を取り出した。


「この板のことを調べたい。君にも見えるか?」


「……はい。見たことのない文字が、たくさん浮かんでいます」


「やっぱり、俺にだけ読める文字じゃなさそうだな」


シルファの目には、日本語が別の文字に見えているらしい。後で確かめる必要がありそうだ。


画面を操作して、『ご利用ガイド』の項目を開いた。


『所持金のご登録:この世界の通貨を端末に預けることで、商品をご購入いただけます』

『お届け:ご注文確定後、ただちに持ち主様の手元へお届けします』

『お届け範囲:持ち主様の半径十メートル以内』

『ご利用に関するご案内:一部のカテゴリーは、条件を満たすまでご利用いただけません』


「条件、か」


ホーム画面に戻ると、確かに、いくつかのカテゴリーが灰色に表示されている。『家電』『工具』『医薬品』『特別』。どれも触れようとすると、小さな鍵のマークが出るだけだった。


「ひとまず、日用品と食料品だけってことか」


そして、その下に、もう一つの項目があった。


『お客様の評価:★ 0.0 (購入履歴が少ないため、評価はまだ算出されません)』


「評価制度まであるのか……ますます、ただの通販サイトだな」


だが、ただの通販サイトが、ダンジョンの壁に埋まっているはずがない。


画面の隅の『所持金』欄には、さっき宿代を払って残った、銅貨が数枚だけ。それでも、明日からの生活は、確実に変わる。


「シルファ」


「はい」


「君さえ良ければ、しばらく俺と一緒にいてくれ。ここなら、奴隷商人もすぐには追ってこないだろう」


彼女の赤い瞳が、大きく見開かれた。


「……よろしいのですか?」


「ああ。ただし、一つだけ頼みがある」


「何でしょう?」


「その敬語、そのうち外してくれ。堅苦しいのは、前の職場だけで十分だ」


シルファは目を瞬かせ、それから、小さく、ほんの少しだけ笑った。


「……考えておきます。レイジさん」


窓の外では、夜の街がゆっくりと静まっていく。


膝の上の黒い板が、ふと、淡く光った。


灰色のカテゴリーの一番下。さっきまでなかったはずの、小さな文字が、ひとつだけ増えていた。


『――ようこそ、新しい持ち主様』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。