第13話 後編 倒れた客
屋根が完成した翌朝、屋台は、見違えるようになっていた。
木のカウンターに、ひさし付きの屋根。壁には、オルガが裏から出してくれた古い看板を、磨いて掲げてある。
『マレンの茶屋』
「いい名前だね。あの子も、喜んでるよ」
オルガが、杖をついて、看板を見上げて笑った。
「さあ、開店だ」
朝霧の中、いつもの冒険者たちが並び始める。ダインが湯を沸かし、リゼが火加減を見て、シルファが笑顔で注文を取る。
回り始めて、一時間。
行列の途中から、突然、ひとりの男が、ふらりと前に出た。
「う、うう……」
男は、紅茶のマグを握ったまま、胸を押さえてその場にうずくまった。
「お、おい、どうした」
「腹が……腹が、痛え……」
ざわり、と空気が揺れた。
「まさか、毒か?」「この店の、飲み物で?」
男は、白目をむいて、地面に倒れ込んだ。
「この店のお茶を飲んだら、急に……! 皆さん、気をつけろ! 毒が入ってる!」
誰かが叫び、列が、一歩、後ずさった。
(……来たな)
ドルトンの、仕込みだ。直感で、そう思った。
だが、証拠がない。ここで強く否定すれば、かえって、疑いが深まる。
「皆さん、落ち着いてください」
俺は、カウンターから出て、倒れた男の傍らに膝をついた。
「大丈夫ですか。聞こえますか」
「う、うう……」
脈を取る。早い。ただし、顔色は、悪くない。
「シルファ。何か、気づくか」
彼女は、男のすぐそばに屈んで、目を閉じた。
「……心臓の音が、変。苦しんでいる人の音じゃない」
「どういうことだ」
「速いのに、ずっと一定なの。まるで、数えながら、息をしているみたい」
小声で、そう教えてくれた。
つまり、演技だ。
俺は、周囲を見回した。
「どなたか、衛兵を呼んでください。それと、もう一人、診療所の先生を」
「待て!」
男が、がばりと跳ね起きかけて、慌てて、また倒れ込んだ。
「す、すまん。その、医者はいらない。ただ、休めば、治る」
「ですが、毒かもしれないんでしょう?」
「あ、ああ。い、いや」
目が、泳いでいる。
その時、群衆の中から、低い声が上がった。
「……こいつ、見覚えがあるぞ」
ダインだった。
彼は、男の顔を、じっと覗き込んでいた。
「ボルクの、酒場仲間だ。名前は、ガズ。たまに、赤牙の荷運びを、金で引き受けてた」
「え?」
「昨日の夜も、ドルトンの店の裏口に、入っていくのを、見た」
ざわめきが、一変した。
「ドルトン? あの、組合の理事か」
「ってことは、この毒騒ぎは」
男の顔が、真っ青になった。
「ち、違う、俺は、ただ、金を」
「落ち着いてください」
俺は、男の肩に、そっと手を置いた。
「紅茶を、一口、飲みますか。毒が入っていないことを、証明したい」
自分のマグから、一口。続けて、そのマグを、男に差し出す。
男は、震える手で、受け取った。そして、泣きそうな顔で、口にした。
「……うまい」
「でしょう」
「すまねえ。本当に、すまねえ」
男は、その場に、土下座した。
「金に、困ってて。銀貨二枚、くれるって言うから。やるだけ、のはずだった。毒なんて、入ってねえ。入ってるわけ、ねえよな」
「ええ。入っていません」
俺は、立ち上がって、周囲に告げた。
「皆さん、お騒がせしました。これは、悪質な営業妨害です。衛兵の方、お手数ですが、この人から、話を聞いてください」
ほどなく、駆けつけた衛兵が、ガズを連れていった。
その背中を、見送りながら、シルファが、ぼそりと呟いた。
「……心臓の音が、嘘をつかなかったら、見抜けなかったわ」
「いや、君が気づいてくれたから、ここまで早く済んだ」
「ほんとう?」
「ああ。ありがとう」
彼女は、胸を張って、耳をぴんと立てた。帽子のおかげで、見えはしないが、きっと立っている。
列の最後尾から、ミーナが、息を切らして走ってきた。
「レイジさん、大丈夫でしたか!」
「ああ。もう、終わった」
「よかった……! あ、でも、その、さっきの」
ミーナは、頬を染めて、しどろもどろになりながら言った。
「ギルドは、あなたの味方です。いつでも、頼ってください」
「ありがとう、ミーナ」
名前で呼ぶと、彼女の耳まで、赤く染まった。
「…………レイジ」
背中に、低い声。
振り向くと、シルファが、ぷくりと頬をふくらませていた。
「何」
「別に」
別に、という声が、いつもより、半音低かった。




