第12話 後編 去る者、来る者
衛兵が到着したとき、ボルクは、大剣を鞘から半分、抜きかけていた。
「剣を、収めなさい」
「違う、俺は、ただ」
「公衆の面前での抜刀は、街の条例違反です。詰所まで、同行を」
二人の衛兵に挟まれて、ボルクは、引きずられるように連れていかれた。最後まで、何か、わめいていた。
屋台の前に、静けさが戻る。
「……大丈夫か、シルファ」
「うん」
彼女は、小さく頷いたが、肩が、まだ強張っている。
俺は、黙って、彼女の背中に、手を添えた。
「少し、休もう。今日は、もう、店仕舞いだ」
「でも、まだ、お客さんが」
「大丈夫だ。みんな、待ってくれる」
並んでいた冒険者たちが、一斉に、頷いた。
「ゆっくり、休め、嬢ちゃん」「明日も、並ぶからな」
シルファの目が、ほんの少し、潤んだ。
「……ありがとう、ございます」
屋台を畳んだあと、ダインとリゼが、家の前まで、ついてきた。
「あの」
「どうした」
ダインが、深く頭を下げた。
「ボルクの、あの暴言。……申し訳ない。俺たち、もう、あいつとは、やっていけない」
「パーティーを、抜けるのか」
「ああ。今日の件で、決めた。リゼも、同じだ」
リゼと呼ばれた魔法使いは、疲れた笑みで、頷いた。
「ずっと、迷っていました。レイジさんが追い出された日から。……見て見ぬふりをしたのは、私も、同じです」
「……そうか」
「それで、厚かましいお願いなんですが」
ダインが、顔を上げた。
「俺たちを、雇ってもらえないでしょうか。屋台の荷運びでも、護衛でも、何でもやります」
「雇う?」
「冒険者の稼ぎだけじゃ、食っていけない。でも、お前の屋台は、本物だ。見てて、わかる」
俺は、シルファを見た。
彼女は、少し考えてから、静かに言った。
「……いいと思う。ダインは、前に、レイジに謝りに来たもの」
「リゼさんは?」
「魔法使いは、屋台の火の番に、向いてるわ。……それに」
シルファは、ちらりとリゼを見た。
「あなたは、私の耳のことを、何も言わなかった」
「当たり前です。誰にだって、事情はあります」
リゼの答えに、シルファの表情が、わずかに和らいだ。
「わかった。二人とも、明日から、よろしく頼む」
「ありがとう!」
「必ず、役に立ちます!」
二人が、頭を下げる。
ダインの目から、一筋、涙がこぼれていた。
その夜、家の居間で、俺とシルファは、二人きりで、ココアを飲んでいた。
窓の外では、風が、静かに屋根を撫でている。
「……ねえ、レイジ」
「ん?」
「私の話を、少しだけ、聞いてくれる?」
「ああ。もちろん」
彼女は、マグを両手で包み、しばらく、湯気を見つめていた。
「私は、東の森の里の、長老の孫なの」
「……ああ」
「里は、三年前の冬、襲われたわ。青い印の連中に。私は、その夜、里の外にいて、助かった。でも、仲間のほとんどは、連れ去られた」
声は、静かだった。
「私は、それから、ずっと、探してた。里の人たちを。そして、二か月前に、捕まった。囮にされたのよ」
「囮……?」
「里の人たちが、どこにいるのかを、私が探しに来ることを、あの人たちは、わかっていた。私が現れるのを、待っていたの」
マグを持つ手が、わずかに震えた。
「あなたに会えたのは、本当に、運がよかった」
「運じゃないかもしれない」
「え?」
「あの板が、俺を、あのダンジョンに導いた。もしかしたら、君と、俺を、会わせるためだったのかもしれない」
シルファは、目を丸くして、それから、ふっと、優しく笑った。
「……そうだと、いいな」
「ああ」
「レイジ」
「ん?」
「里の人たちを、探すの、手伝ってくれる?」
「当たり前だ」
即答すると、彼女は、ほっと息を吐いた。
「ありがとう。……大好き」
「えっ」
「あ」
シルファの顔が、真っ赤になった。
「ち、違う、そういう意味じゃなくて、その、人として、仲間として、頼りになるって」
「わかった。わかったから」
「本当に、わかってる?」
「ああ。ちゃんと、わかってる」
わかっていない。多分、自分の顔も、同じくらい赤いだろう。
板が、膝の上で、小さく光った。
『お客様の評価:★ 3.8』
『カテゴリー「工具」の解放まで、あと少しです』
そして、その下に、また、一行だけ。
『絆は、遺物を、育てます』
「……絆、か」
俺は、画面を、そっと撫でた。
シルファが、横で、うとうとと、舟を漕ぎ始めていた。




