第12話 前編 泥だらけの訪問者
屋台を始めて、五日が過ぎた。
朝の行列は、少しずつ長くなり、ダンジョン前の通りは、湯気と話し声で賑わっている。
その喧騒が、ふと、途切れた。
「……おい、見ろ」
ダンジョンの入口から、よろめくように、冒険者の一団が出てきた。
先頭を歩くのは、ボルクだった。
大剣は、刃こぼれだらけ。鎧は、泥と血で汚れ、左の頬には、爪痕のような傷が走っている。後ろには、疲れ切ったダインと、魔法使いの女性が、互いに肩を貸し合っていた。
「第三層に、挑んだらしいぜ」「赤牙が、ひどい姿だな」
囁きが、波のように広がる。
ボルクは、屋台の前で、足を止めた。
「……おい」
「いらっしゃいませ。紅茶ですか、ココアですか」
「そんなもんは、いらねえ」
ボルクの目は、血走っていた。
「お前の、あの光る道具をよこせ。それがあれば、第三層の、ブラッドオークを倒せる」
「前にも、お断りしたはずです」
「依頼を、失敗できねえんだよ! ギルド長に、Bランクを剥奪される!」
声が、震えている。
俺は、少し間を置いて、静かに言った。
「ボルクさん。あなたは、引き際を間違えました。ダインさんの体調と、リゼさんの魔力残量を、確認しましたか」
「何だと」
「あの二人、もう、限界です」
ボルクは、振り返った。
ダインは、顔面蒼白で、膝が笑っている。リゼと呼ばれた魔法使いは、杖にすがって、目を閉じていた。
「……それが、どうした」
「まだ、続ける気ですか」
「当然だ! 俺は、Bランクの、赤牙のボルクだぞ!」
怒鳴り声が、通りに響いた。
ボルクの手が、大剣の柄にかかる。
「やめなさい」
シルファが、屋台の台の横から、一歩、前に出た。
「ここは、飲み物を売る場所よ。刃物を抜くなら、私が、相手をする」
「エルフのガキが、偉そうに」
その言葉が出た瞬間、周囲の空気が、凍りついた。
「……今、何て言った?」
「こいつ、耳を隠してるが、エルフだろ。奴隷にでも、されてたのか」
シルファの顔色が、真っ白になった。
帽子の下で、彼女の指先が、わずかに震えている。
(まずい)
俺が動くより早く、並んでいた冒険者の一人が、前に出た。
「おい、赤牙のおっさん」
「何だ」
「この子は、うちの命の恩人だ。廃坑の村の弟が、世話になった」
別の男が、続けた。
「俺は、ここの紅茶に、毎朝、救われてる」
「俺も、だ」
「俺もだ!」
声が、次々と、重なっていく。
ボルクは、目を見開いて、周囲を見回した。
「な、何だ、てめえら……」
「これ以上、騒ぐなら、衛兵を呼ぶぞ」
遠くから、鎧の鳴る音が、近づいてきた。
ボルクの顔が、真っ赤に染まり、それから、ゆっくりと、青ざめていった。




