第11話 後編 値段のつけ方
セレスの予告は、二日後に、現実になった。
「おい。ここが、噂の屋台か」
朝の行列の途中に、でっぷりと太った男が割り込んできた。
絹の上着に、指輪が四つ。後ろには、護衛らしい男が二人、控えている。
「失礼ですが、並んでいただけますか」
「私は、並ばん。商人組合の理事、ドルトンだ」
男は、鼻を鳴らした。
「この屋台の主人は、君かね」
「はい。レイジといいます」
「ふん。話が、早くて助かる。単刀直入に言おう。砂糖入りの紅茶と、ココアの製法を、銀貨五枚で売りなさい」
「お断りします」
「は?」
「売り物では、ありませんので」
ドルトンの頬が、ぴくりと引きつった。
「君は、わかっていないようだ。砂糖は、この街では、高級品だ。それを銅貨二枚で売るなど、組合の価格秩序を乱している」
「価格は、仕入れ値と需要で決めています。組合に、ご迷惑をかけた覚えはありません」
「迷惑をかけたかどうかは、私が決める」
ドルトンは、護衛に目配せをした。
護衛の一人が、懐から、羊皮紙を取り出す。
「許可証の確認だ。露店の営業許可は、お持ちか」
「はい。ギルドを通して、取得しています」
「ギルド発行のものでは、無効だ。商いは、商人組合の許可が要る」
「……なるほど」
営業をやっていた頃に、何度も聞いた手口だった。ルールを、後出しで変える。
そのとき、背後から、静かな声がした。
「失礼いたします」
セレスだった。灰色の服で、手には、薄い書類の束を持っている。
「ハーデル男爵家の、家政係でございます。こちらの露店は、男爵家の副業の一環として、正式に、領主代理の許可を得ております」
ドルトンの顔色が、変わった。
「男爵家の……?」
「はい。こちらが、許可証の写し。そして、こちらが、街の商業規約の、第十二条。男爵領内の商いは、領主の許可を、組合の許可に優先する、と明記されています」
彼女は、文書の一節を、細い指で指した。
「ご確認ください」
護衛が、紙を覗き込み、顔を青くした。
「り、理事。確かに、書いてあります」
「……ふん」
ドルトンは、唇を噛んだ。
「男爵家と、手を組んでいたとは。だが、後悔するなよ、若造」
「ご忠告として、承っておきます」
「仕入れの道は、いくらでも塞げる。砂糖の卸を、止めればいい」
俺は、営業の笑顔で、答えた。
「そうですか。でも、それは、お困りでしょうね。ドルトン様のほうが」
「何?」
「砂糖の需要が、これから、増えるでしょうから。街の菓子屋も、パン屋も、きっと、うちの屋台を見て、真似をするはずです。卸を止めれば、一番損をするのは、ドルトン様の商会だ」
ドルトンは、息を詰まらせた。
「……覚えておけ」
捨て台詞を残して、男は去っていった。
「見事でしたわ」
セレスが、書類を丁寧に畳みながら、小さく微笑んだ。
「どこまで、読んでいたんですか」
「組合が、動くことまでは。ただ、あんなに早く、堂々と来るとは思いませんでした」
「ありがとうございます。助かりました」
「報酬の一割が、早速、役に立ちましたね」
そのとき、シルファが、俺の袖を、ぎゅっと引いた。
「……レイジ」
「ん?」
「次は、私が、前に出る」
「え?」
「ああいう人の相手は、私が、したかった」
頬が、わずかにふくらんでいる。
どうやら、セレスに、見せ場を取られたのが、不満らしい。
「悪い。でも、君には、君の仕事がある」
「……わかってる」
「助かってるよ。売り子の笑顔は、君のものだ」
シルファは、ぷいと横を向いて、それでも、耳の先が、少しだけ赤くなった。
セレスが、眼鏡の奥で、楽しそうに目を細めた。




