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第11話 前編 帳簿の来訪者

三日目の朝、屋台の前に、栗色の髪の女性が立っていた。


「おはようございます、レイジ様」


「セレスさん」


灰色の服、眼鏡、背筋の伸びた立ち姿。ハーデル男爵家の家政係が、行列の最後尾に並んでいた。


「一杯、頂けますか。お代は、先に」


「ご自分で並ばれたんですか」


「商品を知るには、客になるのが、最も早いので」


シルファの目が、わずかに細くなる。


「……いらっしゃいませ。ご注文は?」


「紅茶を。砂糖入りで」


セレスは、受け取ったマグに口をつけ、静かに目を閉じた。


「……なるほど」


「何が、なるほど、ですか」


「この値段で、この品質。しかも、毎日、ほぼ同じ味。……不自然です」


彼女は、眼鏡を押し上げた。


「少し、お時間を頂けますか。仕事の話です」




屋台を閉めたあと、居間で、三人分のお茶を淹れた。


シルファは、わざとらしくセレスの正面に座り、腕を組んでいる。


「まず、これを」


セレスが、布に包んだ金属板を、テーブルに置いた。屋敷の地下から持ち帰り、調査を頼まれたものだ。


「私なりに、調べました。古い文字が、刻まれています。完全には読めませんが」


「読めるんですか」


「家政係の、趣味です。古文書の解読は」


さらりと言う。


「文意は、おそらく、こうです。『鍵は、持ち主を選ぶ。選ばれた者は、道を継ぐ』」


「……鍵」


あの板の商品欄にあった、『古き鍵』の名前が頭をよぎった。


「レイジ様は、何か、ご存じですね」


「否定はしません。ただ、今は、お話しできません」


「構いません。誰にでも、秘密はあります」


あっさりと引き下がった彼女に、拍子抜けした。


「その代わり、一つ、提案があります」


「提案?」


「あの屋台は、危険です」


セレスは、指を二本立てた。


「一つ。商人組合が、露店の値段と品質を、ひどく警戒しています。近く、必ず、何らかの圧力がかかります」


「……なるほど」


「二つ。レイジ様は、帳簿をつけていないでしょう。利益の流れが不透明だと、税務の面でも、貴族の目に留まる理由になります」


耳が痛かった。確かに、板に預けた金額は、メモ書きで管理しているだけだ。


「そこで、私が、帳簿の管理を、お手伝いします。報酬は、利益の一割。男爵家との副業として、正式に許可を取ります」


「男爵様が、許すのですか」


「あの方は、金勘定は苦手ですが、お金の匂いには敏感です。私に任せると、承諾しています」


セレスは、口元だけで、静かに笑った。


「ただし、条件があります」


「何でしょう」


「いつか、あの黒い板を、見せてください」


俺は、息を止めた。


「……知っているんですか」


「確証は、ありません。ただ、貴方の商品は、この世界の技術では説明できない。そして、地下の金属板の印と、貴方が胸元で握りしめた板の印は、同じでした」


観察力の高さに、背筋が冷えた。


「……約束は、できません。ただ、いつか、必要になったら、お見せします」


「それで、十分です」


セレスは、満足そうに頷いた。


シルファが、ぼそりと呟いた。


「……この人、ほんとうに、ずるい」


「何がですか」


「全部、わかったような顔をして、全部、余裕で話すところ」


「ふふ。それが、仕事ですので」


セレスは、少し得意げに、お茶を飲み干した。


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