第10話 後編 湯気の立つ屋台
家に戻ると、オルガが、玄関先で待っていた。
「おかえり。無事で、何よりだよ」
「ただいま戻りました。オルガさんも、お体は」
「もう、すっかりさ。あんたの薬のおかげで、歩けるようになった」
老婆は、杖を持ったまま、胸を張った。
「そんで、ちょいと、相談があってね。あんたら、この家で、店を開く気はないかい」
「店?」
「マレンのいた頃は、軒先で、薬草茶を売ってたんだ。冒険者が、よく寄っていってね」
見れば、家の前に、朽ちかけた木の台が、残っていた。
「看板は、まだ、裏にある。直せば、使えるはずだよ」
その夜、居間で、俺とシルファは、帳面を広げた。
「薬は、まだ、売れない。商品の使い方を教えるのも、リスクが大きい。……でも、飲み物なら、どうだ」
「飲み物?」
「紅茶と、ココアだ。ダンジョンに潜る前の冒険者は、体が冷えてる。温かくて甘い飲み物は、売れる」
「でも、貴重な砂糖を使うのよね」
「ああ。だから、値段は少し高めにする。銅貨二枚。ただし、一杯で、体が温まって、気分も上がる」
「……それ、買う人は、いるかしら」
「試してみよう」
『紅茶ティーバッグ 50個入り 銅貨 3 枚』
『ココア粉末 銅貨 2 枚』
『スティックシュガー 100本入り 銅貨 3 枚』
『ステンレスマグ×10 銅貨 6 枚』
原価は、一杯あたり、銅貨一枚にも届かない。
翌朝、家の前の木の台に、ミーナが手配してくれた露店許可証を貼り、小鍋をコンロにかけた。シルファは、つばの広い帽子を目深にかぶって、売り子を務める。
「いらっしゃいませ。温かい、お茶はいかがですか」
「……なんだ、これ」
朝霧の中、ダンジョンへ向かう冒険者が、立ち止まった。
「紅茶です。砂糖入りで、銅貨二枚」
「二枚? 高いな」
「一口、どうぞ。お代は、お気に召してから」
シルファが、小さな紙の匙に、一口分を注いで差し出す。
男は、疑わしげに口に含んだ。
「…………うまい」
「ありがとうございます」
「もう一杯、くれ。いや、仲間の分も」
最初の一人が買うと、後は早かった。
「甘い!」「体が、ぽかぽかする」「ココアなんて、どこの貴族の飲み物だ」
昼前に、用意した六十杯が、全部、売り切れた。
「売り切れ、です。また、明日」
シルファが、小さく頭を下げる。冒険者たちが、名残惜しそうに散っていく。
「……すごい」
「銅貨百二十枚。つまり、銀貨十二枚か」
「原価は?」
「三、四枚分だ。ほぼ、丸儲けだな」
シルファは、目を丸くして、それから、ふふっと笑った。
「あなたの国の飲み物、本当に、お金になるのね」
「ただし、目立ちすぎる。売り方は、考えないといけない」
夜、板を開くと、新しい一行が、静かに浮かんでいた。
『お客様の評価:★ 3.4』
『商いのご成功、おめでとうございます』
画面の奥で、何かが、嬉しそうに瞬いた気がした。




