第10話 前編 報告の重さ
坑道を出たのは、夜明け前だった。
助け出した十一人は、馬車を二台手配して、近くの村まで送り届けた。子供を抱いた女性が、別れ際に何度も頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。何もお返しできませんが、せめて」
差し出されたのは、手編みの灰色のマフラーだった。
「受け取れません。あなたたちの生活のほうが大事です」
「いいえ。どうか、持っていってください」
隣で、シルファが小さく言った。
「……もらっておきましょう、レイジ。断るほうが、失礼よ」
「そうだな。ありがたく頂きます」
マフラーは、シルファの首に巻いた。耳を隠す帽子の下で、彼女は少しだけ、くすぐったそうに笑った。
街のギルドに着いたのは、昼過ぎだった。
扉を開けた途端、ミーナが、カウンターの向こうから飛び出してきた。
「レイジさん! シルファさん!」
「ただいま。依頼は完了だ」
「無事で、よかった……!」
ミーナの目が、赤かった。徹夜で待っていたらしい。シルファが、ぎこちなく彼女の背中を叩いている。
「大げさよ。ちゃんと戻ったでしょう」
「でも、廃坑ですよ。三週間で、何人も行方不明になっていて」
「その行方不明者を、連れ帰ってきた」
ミーナの動きが止まった。
「……え?」
「十一人。全員、無事だ。村に送り届けてある」
周囲の冒険者たちが、一斉に、こちらを振り向いた。
「十一人?」「廃坑に、そんなに捕まってたのか」「あの二人だけで?」
ざわめきの中、奥の扉が、重い音を立てて開いた。
「騒がしいな。……何事だ」
現れたのは、五十代の大男だった。片目に古い傷があり、右腕は、肘から先が義手になっている。
ギルド長のブラムだ。
「レイジ。奥へ来い。話を聞く」
ギルド長室は、書類と地図で埋まっていた。
俺は、廃坑で見たことを、順に報告した。檻、枷、見張りの数、黒い外套の男。ただし、黒い板のことと、銀の遺物の金属板のことは、伏せた。
「手の甲に、青い刺青か」
ブラムは、義手の指で、机を一度、叩いた。
「その印、聞き覚えがある。『青印』と呼ばれている連中だ」
「青印?」
「奴隷の仲買いを、裏で束ねているという噂の組織だ。実在すると、証明できた者はいない。貴族の中に、顧客がいるともな」
シルファが、ほんの少し、息を呑んだ。
「ギルドは、貴族と事を構えられない。だから、これは、俺の独り言だ」
ブラムは、窓の外を眺めながら、続けた。
「今回の件は、ギルドの功績にさせてもらう。お前の名前は、報告書に載せるが、中身は、俺が薄めておく。余計な注目を浴びたくないだろう」
「……助かります」
「それと、嬢ちゃん」
彼の隻眼が、シルファの帽子へ向いた。
「街の外では、もう少し、上手く隠せ。俺は、何も見ていないがな」
シルファの肩が、びくりと強張った。
「……ありがとう、ございます」
「礼はいらん。うちの職員を、二人、泣かせたくないだけだ」
ブラムは、ふん、と鼻を鳴らして、一枚の書類を滑らせた。
「Dランクへの昇格だ。報酬は銀貨十二枚、別に、村の復興金から、感謝料として銀貨五枚が出ている。受け取っておけ」
「ありがとうございます」
部屋を出る間際、ブラムが、背中に声をかけた。
「レイジ。その道具は、いずれ、貴族の目に留まる。覚悟だけは、しておけ」




