第9話 後編 闇の底の部屋
坑道の突き当たりに、大きな空洞が広がっていた。
かつての採掘場だろう。天井は高く、壁には、朽ちた足場が残っている。
そして、その中央に、粗末な檻が、いくつも並んでいた。
中には、人が、いた。
薄汚れた服の男女が、七、八人。皆、うなだれて、枷を嵌められている。村人らしい子供も、一人いた。
「……ここが」
「奴隷商人の、中継地」
シルファの声は、低く、冷たかった。
「ここに、捕まえた人間を、一時的に閉じ込めておいて、夜のうちに、街の外へ運び出していたのよ」
「……最悪だな」
檻の周囲には、見張りが、二人。粗末な革鎧に、腰に短剣。右手に、同じ青い刺青があった。
さらに奥の天幕の脇に、もう一人、立っている。
黒い外套。背は高く、顔は、フードの影に隠れている。
「……あれが、親玉?」
「多分、違う。でも、頭のいい誰かの、手下ね」
どうする。
見張りが三人。俺には、まともに斬り合う力はない。シルファは、弓があるが、魔力は本調子ではない。
だが、人質が、十人近くいる。
(営業の鉄則その一。客を、危険にさらさない)
俺は、小声で言った。
「作戦を立てる。聞いてくれ」
三分。
作戦を伝え、シルファが、唇を結んで頷いた。
「……やれる?」
「やるしか、ないでしょう」
「頼りにしてる」
「……うん」
ほんの少し、頬が赤い。
まず、俺は、ケミカルライトを数本折って、広間の遠い壁に向けて投げた。
緑色の光の棒が、カランと乾いた音を立てて転がる。
「ん?」
見張りの二人が、そちらを振り返った。
その瞬間、俺は、ポケットから、もう一つの道具を取り出した。
『閃光スタングレネード(玩具)』ではない。そんなものは、ない。
使ったのは、LEDライトだ。出力を最大にして、見張りの顔面に、真正面から、光を叩き込む。
「ぐあっ!」
坑道の闇に慣れた目に、白い光は、凶器だった。
同時に、シルファの矢が、二つ、闇を裂いた。
一本は、見張りの肩。もう一本は、もう一人の太腿を貫いた。
「くそっ、敵襲だ!」
奥の黒外套の男が、短く叫んで、天幕から飛び出す。
だが、俺は、もう走っていた。
檻に駆け寄り、板で買った『ボルトカッター 銅貨 4 枚』で、錠を切断した。
(工具は鍵がかかっていたはずなのに、ボルトカッターは、日用品カテゴリーに、あった)
「逃げろ! 出口は、あっちだ!」
ケミカルライトの緑色の光を指差す。
「あ、ありがとう……!」
囚われた人々が、よろめきながら、光の導く先へと走り出す。
そのとき、背後で、黒外套の男が、低く笑った。
「……やはり、現れたか。『次の持ち主』」
「何?」
「待っていたぞ。その、黒い板を持つ者を」
男が、フードを、ゆっくりと外した。
顔は、年齢のわからない、痩せた男のもの。右の頬に、深い傷。
そして、その胸元で、小さく光る何かが、揺れていた。
円の中に、三本の線が交わる、簡素な印のペンダント。
「……お前、何者だ」
「名乗る必要は、ない」
男は、胸元のペンダントを握りしめ、懐から、短い笛を取り出した。
高く、鋭い音が、洞窟に響き渡る。
地面が、震えた。
「レイジ、危ない!」
シルファに腕を引かれて、俺は、反射的に後ろへ飛びのいた。
先ほどまで俺が立っていた場所に、天井から、巨大な岩の塊が落ちてきた。
土煙の向こうで、男の姿が、闇に溶けていく。
「また、会おう。『持ち主』」
声だけが、反響して消えた。
「……全員、無事か」
「ええ。十一人、全員、外に出たわ」
洞窟の外で、助け出した村人たちは、泣きながら、互いに抱き合っていた。
その光景を見て、ようやく、肩の力が抜ける。
「シルファ。怪我は」
「かすり傷だけ。あなたは?」
「平気だ。……ありがとう。君がいなかったら、どうにもならなかった」
「ううん。私も、助けられたから」
彼女は、俺の隣に座って、星空を見上げた。
「私を探してる連中は、きっと、あの男に繋がってる」
「ああ」
「でも、もう、逃げない」
その声は、静かだった。
「あなたと、戦う」
「……ああ。一緒に、な」
胸元の板が、わずかに震えた。
取り出してみると、画面に、見慣れない文字が浮かんでいた。
『お客様の評価:★ 3.1』
『新しいカテゴリー「特別」の一部が、閲覧可能になりました』
「閲覧……可能?」
『特別』をタップすると、商品の一覧が、ずらりと並んだ。
ほとんどが、灰色で、購入不可と表示されている。
だが、その一番上に、一つだけ、名前の読める商品があった。
『古き鍵 ―― 非売品』
商品説明の欄には、短い一文だけが、記されていた。
『第一の遺物は、持ち主を、待っている』




