第9話 前編 廃坑へ
稼ぎと評判が安定し始めたところで、俺は、三つ目の依頼を選んだ。
『廃坑内の夜間調査 報酬:銀貨十二枚』
「選ぶの? あれ」
「ああ。そろそろ、はっきりさせたいことがある」
俺は、ゴブリンの手枷と、刺青の男のことを、シルファに話した。
隠し続けるのは、もう限界だと思ったのだ。
彼女は、静かに最後まで聞いて、それから、ふう、と息を吐いた。
「……やっぱり、そうだったのね」
「気づいてたのか」
「あの夜、あなたが、何か隠してることはわかってた。内容までは、わからなかったけど」
彼女は、右手の手首を、そっと左手で包んだ。
「その印、私にも、見覚えがある。私を、捕まえた連中の、ひとりの手にあった」
「……やっぱりか」
「でも、どうして廃坑なの?」
「依頼書を、もう一度読んでみてくれ」
『依頼内容:廃坑内の夜間調査
備考:坑道内から、夜な夜な、奇妙な物音。三週間前から、近隣の村人が数名、行方不明』
「行方不明……」
「手枷を持ってたゴブリンの縄張りは、あの森だった。そして、あの森から、廃坑までは、徒歩で一日の距離だ」
「関係があるかもしれない、ということね」
「確証はない。でも、確かめる価値はある」
シルファは、じっと俺を見つめて、それから、強く頷いた。
「行きましょう。私も、知りたい」
準備には、丸一日をかけた。
『ヘッドライト 防水タイプ×2 銅貨 8 枚』
『ケミカルライト(折って光らせる棒) 30本入り 銅貨 3 枚』
『防塵マスク×2 銅貨 2 枚』
『登山用ロープ 30メートル 銅貨 4 枚』
『方位磁石 銅貨 1 枚』
『ヘルメット×2 銅貨 6 枚』
ヘルメットをかぶったシルファが、くるりと回って見せた。
「どう? 似合う?」
「……かぶったまま、耳が押しつぶされてないか」
「ちょっと窮屈。でも、頭は守れるわ」
「そこは我慢してくれ。落石は、洒落にならないからな」
「わかった」
坑道の入口は、街から馬車で半日の山あいにあった。
朽ちかけた木枠が、崩れかけた岩壁に埋まっている。入口には、立入禁止を示す古い縄が張られていた。
夕暮れが迫る頃、俺たちは、その縄をくぐった。
「寒い。それに、空気が、澱んでる」
「ガス溜まりがあるかもしれない。呼吸が苦しくなったら、すぐに言ってくれ」
坑道の壁は、湿っていた。ヘッドライトの白い光が、岩肌の筋を浮かび上がらせる。
数十メートル進むごとに、折ったケミカルライトを、床や壁に置いた。緑色の淡い光が、進んできた道の目印になる。
「……綺麗」
「帰り道がわかる。暗闇では、命綱だ」
「うん」
さらに進む。
分かれ道が、いくつも現れた。ロープを結び、方位磁石で方向を確かめながら、慎重に奥へ向かう。
やがて、坑道の空気が、変わった。
「……待って」
シルファが、足を止めた。
「どうした」
「声が、聞こえる」
「声?」
「人の、泣き声。……それと、何か、金属が擦れる音」
耳を澄ましても、俺には、水の滴る音しか聞こえない。
だが、彼女の顔は、真剣そのものだった。
「この先。そんなに、遠くない」
「……行くぞ」
声を殺して、さらに奥へ進んだ。




