第7話 前編 男爵家の依頼
三つの指名依頼を前に、俺は家の居間で腕を組んでいた。
『商隊護衛(二日間) 報酬:銀貨八枚』
『廃坑内の夜間調査 報酬:銀貨十二枚』
『貴族邸の害虫駆除 報酬:銀貨十五枚』
「どれにするの?」
シルファが、湯気の立つマグカップ(板で買った)を両手で包んで覗き込む。
「報酬だけなら害虫駆除が一番高い。しかも一番安全そうだ。ただ、『貴族』が引っかかる」
「貴族は、面倒だものね」
彼女の声に、わずかな棘があった。何か思うところがあるらしい。だが、詮索はしない約束だ。
「商隊護衛は、拘束が長い。廃坑は、情報が少なすぎる。まずは害虫駆除で、評判と資金を固めよう」
「わかった。害虫なら、私の弓の出番はなさそうね」
「今回は、道具の出番だな」
『住宅用燻煙殺虫剤 銅貨 2 枚』
『殺虫スプレー 大容量 銅貨 1 枚』
『殺虫ベイト剤(毒餌) 銅貨 2 枚』
まず、手持ちの商品を試しておきたい。俺は家の台所の隅に出た小さな虫の巣で、一つずつ試した。煙の効きも、毒餌の食いつきも、申し分ない。
「虫退治に、こんなに本気を出す人、初めて見た」
「営業は、事前準備が九割だ」
指名依頼の依頼主は、街の西区に屋敷を構える、ハーデル男爵だった。
石造りの立派な門をくぐると、出迎えたのは、眼鏡をかけた若い女性だった。栗色の髪をきっちりと結い上げ、灰色のスーツのような服を着ている。
「ようこそ。男爵家で家政と帳簿を預かっている、セレスと申します」
「冒険者のレイジです。こちらは連れのシルファ」
「存じています。『光る道具の冒険者』様ですね」
彼女の目が、眼鏡の奥で、すっと細くなった。観察されている。俺は営業時代の癖で、同じように観察を返した。年齢は二十代半ば。指先にインクの染み。背筋は伸びていて、無駄な言葉がない。
(交渉相手として、一番やりにくいタイプだ)
「お話を、お聞かせください」
「はい。被害は、一週間前からです」
セレスは、歩きながら、淡々と説明した。
屋敷の地下貯蔵庫から、大型の魔虫が湧いている。名は『ミストローチ』。成体は子猫ほどの大きさで、穀物、木材、布まで齧る。しかも、魔法に対して耐性があり、炎の魔法で焼こうとした魔術師が、屋敷の壁を焦がしてしまったという。
「魔術師の方が三人、冒険者の方が二組、手を引かれました。『数が多すぎる』と」
「なるほど。……報酬は、成功報酬でいいんですよね」
「はい。駆除の確認ができ次第、銀貨十五枚を」
地下への階段を降りると、冷たい空気と、湿った甘い臭いが鼻を衝いた。
壁の隅で、何かが、かさかさと蠢いている。
「……いやな音」
シルファが、小声で言った。彼女は、露骨に顔をしかめていた。
「平気か?」
「平気よ。……ちょっと、苦手なだけ」
ぴん、と張った耳が、わずかに震えている。
俺はライトで暗がりを照らした。
白い光の中で、黒光りする影が、一斉に逃げ散る。
数が多い。壁、床、棚の裏。床に落ちた麦の粒が、ざわざわと波打っていた。
「……なるほど。これは、普通の手段じゃ駄目だな」
俺は、セレスを振り返った。
「セレスさん。地下の入口を、閉めきれますか。それと、使用人の方々を、今夜は別棟に」
「できます。何を、なさるのですか」
「煙を焚きます。魔法より、よっぽど効きますよ」
セレスの眼鏡が、きらりと光った。




