第6話 前編 酒場のざわめき
拠点を構えて、三日が過ぎた。
家の掃除はほぼ終わり、窓には板で買ったカーテンが掛かった。居間には、折り畳み式の簡易テーブルと椅子。寝室には、二人分の寝袋。まだまだ質素だが、宿よりは、ずっと居心地がよかった。
朝は、ガスコンロで湯を沸かして、インスタントのコーヒーを淹れる。シルファは、最初は苦そうな顔をしていたが、砂糖とミルクを入れると、すっかり気に入ったらしい。
「今日も、ギルド?」
「ああ。ちょっと用事がある」
ギルドの扉を開けると、空気が、昨日までと違っていた。
ざわめきが、一瞬だけ、止まる。
そして、あちこちから、ひそひそと声が上がった。
「あれが、そうだろ」「『光る道具の冒険者』」「たった二人で、ゴブリンの偵察隊を全滅させたって」
どうやら、噂は、思った以上に広まっているらしい。
(営業の鉄則は、目立ちすぎないこと、なんだがな)
受付に向かうと、ミーナが小走りに出てきた。
「レイジさん! 今朝、ギルド長から、お話がありまして」
「ギルド長?」
「Eランク昇格の正式な通知です。それと、もう一つ。依頼が、いくつか、レイジさん宛に指名で入っています」
彼女は、三枚の紙を差し出した。
『商隊護衛(二日間) 報酬:銀貨八枚』
『廃坑内の夜間調査 報酬:銀貨十二枚』
『貴族邸の害虫駆除 報酬:銀貨十五枚』
「指名依頼、か。三つもか」
「はい。どれも、普通なら、Dランク以上の冒険者に回される依頼です。ですが、依頼主が『あの冒険者を』と、ご希望で」
「誰が、俺の名前を出した?」
「商人組合と、街の富裕層の方々です。……噂が、先に走ったみたいで」
ミーナの頬が、少し赤い。
「その、私も、レイジさんの活躍を、ギルドの皆さんに話したのは、否定しません」
「……君か」
「す、すみません。でも、本当のことですから」
苦笑するしかなかった。
そのとき、背後から、地の底を這うような声が降ってきた。
「おい」
振り返ると、ボルクが立っていた。
顔には、数日前より濃い隈ができている。後ろには、ダインと魔法使いの女。三人とも、目が、血走っていた。
「……何か用か」
「お前、何を使った」
「何を、とは」
「とぼけるな! ゴブリンの偵察隊を、一晩で潰せる道具だ! 聞いたぞ、光る道具を持ってるって!」
ギルドの中が、静まり返った。
「それを、俺たちによこせ。『赤牙』の依頼のために、必要なんだ」
「なぜ、俺が渡すと思う?」
「お前は、うちのパーティーの人間だったろうが!」
「三日前に、あんたが追い出した」
淡々と言い返すと、ボルクの顔が、真っ赤になった。
「お前のせいで、俺たちはなあ!」
「落ち着けよ、ボルク」
ダインが、疲れた声で、彼の袖を引いた。
「やめとけ。もう、いいだろ」
「うるせえ!」
怒声とともに、ボルクの拳が、俺に向かって振り上げられた。
だが、拳は、届かなかった。
軽い風切り音。
ボルクの頬の脇を、一本の矢が掠めて、背後の柱に突き刺さった。
「……そこまで」
静かな声だった。
ギルドの入口に、シルファが立っていた。黄色いレインコートの下で、弓を引き絞り、まっすぐにボルクを狙っている。
「次は、外さない」
その声は、いつもより、ずっと冷たかった。
ボルクの喉が、ごくりと鳴った。




