裏の商人
誤字脱字報告ありがとうございました。
日付を越える数分前にセナはとあるオフィスビルを訪れた。受付で数時間前に男から貰った手紙を見せると、案内人の先導で社長室まで来た。
「セナちゃ〜んっ!」
社長室の中央にある革張りのソファで待つこと数分。
バーンッ、と大きな音が響いた。扉が吹き飛ぶような勢いで入ってきたのは一人の乙女だ。
癖のある燃えるような赤い髪に淡いブルーグレーの瞳の大柄な男性――正確には、心が乙女の男性――は女性ものの服を身に着けている。淡い桃色のワンピースで、長い髪は丁寧に編まれている。
「こんばんは。白愛さん。」
立ち上がってニコリと微笑み、優雅に一礼する。
裏の物流を実質的に支配している白愛は、セナですら敵には回したくないと思う人物だ。また、彼は気に入った者には寛容だが、一度嫌った相手にはどこまでも苛烈で容赦がないことでも有名である。
「もぉ〜、そんなにかしこまらなくていいわよぉー!」
肯定とも否定とも取れない曖昧な微笑みを浮かべ、白愛がソファに座ってからセナも対面に腰を下ろした。
「それで、裏切り者はわかったのかしらぁ?」
裏の商人はたった一言でその場を支配する。
表情も声音も態度も何一つ変わっていない。白愛の目は商人のそれだ。目の前にいるセナを使えるか使えないかでしか見ていない。
「はい。」
「そう。それじゃ、いつも通り代金を払うから結果を――」
セナは唇に人差し指を立てた。白愛はその動作で言葉を止める。
「申し訳ないのですが、ここではお教えできません。」
丁度、コンコンコンと扉をノックする音が響いた。
「入りなさい」と白愛が許可すると、一人の男が入室してきた。どこにでもいるような平凡な顔で、目は前髪で隠れている。片手にティーセットが乗った盆を持っている。男は無言でお茶を注いでから退室した。
(この程度で私を誤魔化せるとでも思っているのかしら?可哀想に。)
内心ではそう思いつつも、セナの態度は何一つ変わっていない。音を立てずにカップを持ち上げ、お茶を一口飲む。
(ブルーベリー……そういうことね。)
「セナちゃん、追加で依頼をしてもいいかしら?」
「既に受けている依頼の結果報告は?」
「今からする依頼とまとめてでいいわよぉ。」
(話が早くて助かるわね。)
セナが白愛から受けていた依頼は「裏切り者」を探すこと。
白愛ならば手っ取り早くセイから情報を仕入れることもできる。だが、それをせずにセナを通してセイから情報を仕入れた。
その理由は――
「白愛さん、『裏切り者』を泳がせていたのは私にもう一つの依頼を受けさせるためですね?」
「正解よぉ。話が早くて助かるわぁ。」
奇しくも、セナは白愛と同じことを考えていたらしい。お互い、裏社会で何年も生きてきた。全て説明しなくてもある程度察せるほどの情報と思考力がある。
「最近、若い子が行方不明になる事件が増えてるのよぉ。しかも、奴隷として他国に輸送されてるらしくて。」
「なるほど。その件に白愛さんが関わっていると邪推した政治家あたりが来たんですね?」
セナの発言は的を射ていた。
その証拠に、白愛が機嫌良さげにカップを傾けている。
「ンフフッ、その通りよぉ。私が扱っている商品には奴隷もあるもの。私のところに来たのは少ぉしだけ便宜を図ってあげた子だったのだけど……期待外れだったわ。」
(既にその政治家はこの世にいない、と。はぁ……愚かな真似を。)
白愛は表でも手広く商売をしている。
セナのもとにも白愛を介して表の人間から依頼が舞い込むこともある。
(この男を侮って邪推する……それを許すような人間なら、こいつはこれほどまでの影響力を持つ前に消えている。)
白愛の機嫌一つで裏の物流は止まる。のみならず、表の社会にも影響が出るだろう。
「表の人間なんて売らないわよぉ、私が売るのは借金で首が回らなくなったり、虫の息の裏の人間とかだものぉ。」
「知っていますよ。そもそも、裏のルールを守らないやつはこの世界に落ちたばかりの人間か、遊び半分で手を出した人間だと相場が決まっています。稀に己の力を過信する人間もいますけど。」
静かに立つ。そして、薄く開いていた扉にナイフを投げた。
「こんなふうに、ね。」
「うがっ……」
バタバタと足音が遠ざかっていく。
「あらぁ……聞かれていたの?気づかなかったわぁ。」
「ご冗談を。」
白愛は気づいていた。扉の外で二人の会話に聞き耳を立てている人間がいたことに。それを承知の上でセナもわざと泳がせた。最適なタイミングで逃がすために。
「じゃ、少し前にした依頼と並行して奴隷の件についてもお願いね。首謀者以外は潰しても構わないわ。」
「了解です。」
セナがビルの外に出たときには、東の空が赤く染まっていた。
ヒュン、とセナめがけてナイフが飛来する。軽く避けながら、刺客の気配を探る。
(……五人、か。面倒ね。)
セナは周囲に被害が出ない場所を目指して走り出した。刺客は気配を消しながらついてくる。
(……たまに攻撃しないと見失ってしまう。)
それほどの手練だった。セナですら気配を見失いそうなレベルの刺客。
(不意打ちで殺るか。)
セナの姿は路地の奥へと消えていった。
夏のホラー2026で短編を出しました。
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