43
―――また捨てられる―――
ユウリとルランはその恐怖で暫く、動く事が出来なかった。セナが出て行ってからも、二人は言葉の意味を受け入れることができずに、その場で固まっていた。
「で?あんたらはいつになったらその辛気臭い顔をやめるの?」
二人の頭上から突然、そんな、女性のものと思しき声が降ってきた。驚いて顔を上げた先には、黒いローブを纏い、フードで顔を隠した女がいた。
「誰?」
ユウリの問いに答えるように女はフードを取った。窓から入ってきた月明かりが彼女の顕になった顔を照らし出す。ルビーのような赤い瞳に赤く色づいた薄い唇、艶やかな金髪を緩く右側で結んでいる。息を呑むほどの美女がそこにいた。
「私はエラ。所属は…これを見たほうがわかりやすいかしらね。」
エラと名乗った女性は、柔らかく微笑みながら襟のボタンを外し、首についてるものを見せた。
「「っ…」」
ユウリとルランは息を呑んだ。エラの首には、アルファベットと数字が刻まれた首輪があった。その首輪には収容所を表す、六角形のバッジもつけられていた。紫色のΨが金色の六芒星に閉じ込められているようなバッジは、彼女の立場を残酷なほど明確にしていた。
「あぁ…警戒させてしまったわね。安心して。私はアサイラム側の人間じゃないから。」
エラは二人にそう補足した。
「………では、なぜ私たちに接触を?」
ルランの問いに答える前にエラは二人の対面のソファに腰掛けた。その動きはどこかセナに似ていた。
「収容所を潰すためよ。」
エラの言葉にユウリとルランは絶句した。
収容所を潰す。
言葉だけなら簡単だ。しかし、それは言うほど簡単なことではない。収容所の職員達によって完全に自我を壊され、操り人形と化した異能者達が大勢いるからだ。
「………完全に洗脳されている側の異能者ではないのですね。」
「えぇ。そうよ。」
エラはユウリの言葉を即座に肯定した。
「単刀直入に言うわ。私と手を組まない?」
「なぜでしょうか?」
今のユウリの問いは具体的に何かを訊いているわけではない。その問いにエラが最初に何を答えるか―それは彼女が何を考えているかを推測する材料になる。
「そうねぇ…続きは別の場所で話しましょう。」
エラは質問の意図に気づいていた。だから、場所を変えるという無難な提案をした。
ユウリとルランには断る選択肢がない。なぜなら、エラが二人を収容所に通報しないという確証がないからだ。
ユウリとルランは黙って頷き、エラに着いて行った。
―――――――――――
二人がエラに連れてこられたのは川の近くの橋の下だった。周囲を見渡しやすく、人目につきにくい場所だ。
「それで、収容所を潰すのは何のためですか?」
ユウリは周囲に人がいないことを確認し終えると、話の続きを促した。
「あの子のためよ。」
「あの子…?」
エラの曖昧な答えにユウリは問い返した。
「管理番号S-17…セナのことよ。」
管理番号―――それは、読んで字のごとく、物を管理するための番号だ。収容所では管理下にある異能者全員に割り振られている番号でもある。
「管理番号…セナ様はもとは収容所にいたのですか?」
「正確には収容所の研究部門ね。」
研究部門とは、異能の研究をしている部署だ。また、収容所にある多くの部署の中でも死亡者が特に多い部署の一つである。それも、苦痛を伴う「死」しか得られない。
「貴方とセナ様の関係は?」
ルランはできるだけエラから情報を引き出すために次の話題に移った。
「姉妹よ。」
「「はい?」」
エラから返ってきた答えは予想の範疇を大幅に逸脱していた。ユウリとルランは驚きすぎて口をぽかんと開け、間抜けな顔を晒してしまっている。
「ごめんなさい。今のでは語弊があったわ。私とあの子に血の繋がりはないの。それでも、れっきとした姉妹よ。あの子は家族じゃないわ。それでも、私の大切な妹であることに変わりはないわ。あの日…名前を交換した日から。」
言葉の意味は理解できる。異能者は家族という存在を、最初からいなかったかのように記憶の奥底に封じ込める。そうしなければ、自我を保てなくなるからだ。今まで大切にしていた家族は異能者というだけで自分を捨てた。その認めたくない事実がそうさせる。
故に、エラは「セナは家族ではないが、妹である」とエラは言ったのだ。
絵空事として片付けるほうが簡単な言葉だった。異能者に姉妹愛が残っていることなど。
「失礼ですが、全てを信じられません。セナ様はお姉様の話を一度もされておりませんでしたから。」
「いいのよ。これから信じてくれれば。」
ユウリとルランは息を呑んだ。
まるで、二人が協力することが確定しているような言葉だ。それがあまりにも似ていた。ソファに座る動作の何倍も、言葉の選び方がセナに似ていた。
「………にしても、そうねぇ…流石に今日初めて会った人間を信じるのも難しいわよねぇ…」
「いえ。信じます。貴方とセナ様が姉妹であると。」
今度はエラが驚く番だった。先程と真逆の返答が返ってきたことに。
「え?なんで?」
「同じですよ。セナ様と振る舞いがよく似ている…血が繋がっていなくとも、家族ではなかろうと、姉妹であることは信じます。」
「本当!?ありがと。」
ルランの言葉にエラは大輪の薔薇が咲いたと錯覚するような、明るい笑顔を浮かべた。




