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酔狂〜紫硝の怪物達〜  作者: 紫月 凛
一章〜何でも屋と元若頭様の世話係〜
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 木の上から、ナイフを逆手に持った男が飛び降り、セナの息の根を止めようとする。しかし、その男はすぐに吹っ飛んだ。


「グハッ…」


 木の幹に背中を強く打ち付け、男は気絶した。


(多い…囲まれたわね。)


 セナは、先程気絶した男の殺気に反応して目を覚ました。素早く体を起こし、周囲を見回す。


『右に!』


 セナは脳内に直接響いたルランの声に従い、右に跳んだ。

 すると、先程までセナがいた場所を鎖のついた鎌が飛来し、銃を構えていた人間に致命傷を与えた。

 数メートルほど離れたところでは、ユウリが螺旋三稜を手にし、敵を屠っている。

 二人の瞳は紫色―ルランは菖蒲あやめ色、ユウリは菖蒲しょうぶ色―に染まっていた。

 二人は瞳を紫色に輝かせ、敵を倒している。二人の連携は見事で、言葉はおろか、視線も交わさずに阿吽の呼吸で次から次へと敵を片付けている。

 ユウリが丁度、しゃがんだタイミングでルランが投げた鎖鎌の鎌が頭上を通過する。ルランの鎌を運良く避けた者はユウリが螺旋三稜で急所を刺して命を奪う。そこを攻撃しようとした敵はルランが投げた鎖鎌の分銅に頭蓋を砕かれた。

 まるで、相手の次の動きが見えているようだった。


(いつ見てもすごいわね。双子が使える精神感応(テレパシー)もあながち、間違いじゃないのね。)


===精神感応(テレパシー)===

 双子に発現する異能。言葉を使わずに半径数キロ以内ならば意思の疎通ができる。双子の間では距離関係なく会話も可能。

 また、この異能はオーラを視ることに特化している異能でもある。

==========


「申し訳ございません。遅くなりました。」


 ユウリは最後の一人を片付け、セナの近くに来ると、そう謝罪を口にした。


「いいのよ。数が多かったし。それに、二人が来なければ私は殺されていたもの。」


 セナは肩をすくめてそう答えた。ルランは自分のリュクからセナの着替えを取り出し、渡す。ユウリはタオルとペットボトルの水を渡した。


「体を拭いてから着替えてください。」


「この近くに使われていない家があるのでそこで「ここでいいわ。」」


「「え?」」


 セナはルランの言葉を途中で遮り、その場で、二人の目の前で血を吸ったワンピースを脱ごうとしている。


「な、なんでそうなるんですか!?」


「私はともかく…ユウリは男ですよ!?まん前で着替えないでください!」


 ユウリは急いでその場から離れ、顔を背ける。ルランは全力でセナを止めている。


「いや…だって貴方達二人は私の体見ても変なこと考えないでしょう?」


 セナはなぜ自分が可愛い助手二人に全力で着替えを止められているのかよくわかっていない。頬に手を当て、首を傾げている。その動作すら一枚の宗教画のような美しさがあった。


「は?セナ様に対してそのようなふざけた妄想をした輩がいたのですか?」


「どこの誰でしょうか?」


 セナの言葉を聞いた瞬間、ユウリとルランが殺気立った。


(あっ…ヤバっ。ミスったわね…)


 セナは自分の発言によって人間が何人か消えること(正確にはユウリとルランに殺されること)は理解している。そのことについてはどうとも思っていない。


 しかし、もし二人がアイツラ―国際異能研究所の連中―に目をつけられたら「死ぬよりも、死ねない地獄」というものを廃人になるまで体験することになる。


(あんなの…知らないにこしたことはないわ。いくらこの二人が痛みに慣れていると言っても…)


 セナは緩く、首を振った。


「今のは例え話みたいなものよ。ルラン、使われていない家ってどこなのかしら?そこで着替えるわ。」


 セナの発言に二人は本日二度目の安堵のため息を漏らした。


―――――


「話があるわ。そこに座りなさい。」


 着替え終えたセナはそう言って、二人をソファに座らせた。セナもその対面に腰掛ける。そして、ユウリとルランにとっては死刑宣告と同等の言葉をセナは紡いだ。

 

「ユウリ、ルラン。もう、私に関わらないで。」


 その言葉の意味を二人はすぐに理解できなかった。驚きで硬直し、琥珀色の瞳を見開く。その瞳は不安と恐怖、何よりも絶望に染まっていた。


「「え…?」」


 二人は迷子の子供のような表情をしている。目の前のセナ()に縋るような目を向け、必死に言葉を発しようとするが、喉のあたりが締め付けられるように言葉が出ない。


「じゃあね。五年…短い間だったけど、楽しかったわ。」


 セナは、話は終わりとでも言うように、ソファから立ち上がる。


「あぁ、貴方達に非があるわけじゃないから安心なさい。」


 セナは、振り返らずに、ユウリとルランを安心させるためだけにそう言った。

 しかし、その言葉は二人をさらなる混乱に陥れる言葉でしかなかった。


「私の…」


 一度、言葉を切り、首を振る。セナはそれ以上、何も言わずに建物から出て行った。


「ごめん…」


(ごめんなさい。でも…これは私達の問題だから。私と()()()()との問題だから…)


 セナは小さく、謝罪の言葉を呟き、闇の中を歩いて行った。


―――――


 セナは港にある、無人となった倉庫屋根の上に寝転び、空を見上げていた。その倉庫は、ほんの数時間前まで麻薬の売買に加担していた人間達がいた場所だ。セナが警察関係者にその情報を匿名で伝えたことにより、倉庫内の人間は全員警察車両で運ばれていった。未成年とはいえ、書類送検だけでは絶対に済まないだろう。


「何か用?」


 彼女の隣には、いつの間にか凪がいた。


「俺は昔、お前と会ったことがあるのか?」


 何の脈絡もなく、凪は尋ねた。セナは、自嘲するように口角を歪める。その反応は凪からの問いに肯定しているようなものだった。しかし、彼女は体を起こし、首を横に振った。


「ないわ。()()私と貴方は会ったことないわよ。」


「そうか。」


 凪もそれ以上は追求しない。二人を穏やかな波の音が包み、ゆったりと時間が流れる。


「顕は操られていたのか?」


 唐突に、本題に入った。


「えぇ。異能者にね。」


 セナは驚く素振りもなく、答えた。


「お前は知っているのか?その異能者のことを。」


 セナは黙った。何かを考えるように、思い出すように目を瞑る。


「質問を変えよう。今回、顕を操っていた異能者は収容所(アサイラム)所属のやつか?」


 凪の言葉は、変わっているようで意味は変わっていない。それでも、今の形の質問のほうがセナにとっては答えやすいものだった。


「そうよ。国際異能研究所、通称収容所(アサイラム)…ま、簡単に言うと私達異能者を監禁して、都合よく使い潰す施設ね。」


 二人の間に再び沈黙が落ちた。

 国際異能研究所―またの名をアサイラム―は、異能者達にとっての地獄だ。裏で生きる異能者達にとって、触れてはいけない名前でもある。


   地獄


 たった、それだけの単語だ。されど、異能者達には嫌というほどわかりやすい言葉だ。

 異能者は表で生きること自体、苦痛だ。それ以上の地獄である収容所(アサイラム)では、異能者が何をされるのかは不明だ。命からがら逃げ出せた者も、最終的には廃人になって終わる。そういう場所だ。


「顕はいつから操られていた?」


「知らないわ。」


 嘘とも本当ともつかない言葉だった。


(正確な日付は、ね。)


 セナは声に出さずに、つけ足した。


「そんなに顕さんが大切なの?」


 今度は、セナが尋ねた。その言葉からは、憧憬の念が滲んでいた。


「あぁ。」


 セナの気持ちを知ってか知らずか、凪は即座に首肯した。


「裏切られたのに?」


「それでもだ。」


 セナはその答えを聞いて、顔を凪からそらした。


「いいなぁ…」


 ボソリと漏れた、彼女の本音は波にかき消されたのか、凪の耳には届かなかった。


「もし、ユウリとルランが月守組を訪ねたら、できる限り力を貸してあげて。代金は私が払うわ。」


 彼女はそれだけ言って、倉庫の屋根から飛び降り、どこかへ消えていった。




 だから、彼女が知ることはない。


「S-17…」


 凪がそう、彼女の()()()()を呟いたことなど。

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