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「ふぅ…ふぅ…ゴホッゴホッ…」
崩壊した倉庫の近くの森。そこには、血だらけの少女―セナ―がいた。セナは近くの木に体を預け、肩で息をする。彼女の脳内では、先程、存在ごと消去った人間達の記憶が濁流のように流れていた。
(異能、自己治癒発動。)
「ゴフッ…」
セナは血を吐いた。先程からずっと自己治癒を発動させているが、血は止まらない。セナの内臓はズタズタになり、骨も砕けている。彼女の場合、自己治癒を発動すれば一瞬で完治する怪我だ。しかし、今回は違った。
(ヤバい…魂が砕けそう…)
セナは倉庫を崩壊させた。その時、そこにいたロライの人間は全員、瓦礫に潰され、見るも無残な肉塊となった。倉庫が崩壊したのはセナの怒気に呼応し、霊鬼が暴発してしまったからだ。魂を破壊するほどのエネルギーがその場で解き放たれ、倉庫ごとロライの人間が死んだ。
(先に魂を修復しないと…魂が無事なら肉体はすぐ治せるから…)
セナは目を閉じ、自己治癒を全開にする。
魂は肉体を動かすための核のようなものだ。完全に砕けると、その魂が宿っていた肉体はすぐに消える。存在ごと崩壊するからだ。
一人ならばまだ、耐えられる。魂に傷を負っても、セナならば自己治癒でどうにか治せる。しかし、複数人となると話は別だ。自己治癒が追いつかなくなる。複数人の記憶が同時に魂に刻み込まれる。そのため、核である魂が形を保てなくなり、不安定な状態になってしまう。
そもそも、魂の傷を治せる時点でおかしい。
魂の傷は不治の病と同じだ。一度負ったら二度と治らない。エネルギーが暴走し、内側から肉体を破壊しつくした果てに――砕け散る。
(ダメ…私はまだ死ねないの…)
「ゴホッ…ゴフッ…」
セナを中心に、地面は血に染まっていく。漆黒のワンピースが血を吸い込み、より重い色に変貌してゆく。
(記憶…消さなきゃ。いらないのを…)
セナは自己治癒を維持しながら、ロライの人間達の記憶を見始める。
(記憶、消去。)
セナが消去を実行した瞬間、彼女の体は凄まじい速さで再生を始めた。記憶の剪定により、魂への負荷が劇的に減ったからだ。
セナは咳き込みながらどうにか息を整えた。体は元通りだが、髪は乱れ、服にも大量の血が付着している。何より、セナの顔色は青白い。
「血…流しすぎたわね。」
セナはそう呟き、立ち上がろうと木に手をついた。
「うっ…」
しかし、立ち上がれなかった。また、地面に崩れ落ちた。
✽✽✽
「生きていたらまた会えるから。約束」
檻の方へ戻ったら、途中に金髪の女の子が倒れていた。すぐに、気づいた。
「姉さん!」
「セナ…?来ちゃ………メ…」
「あ…」
全て、どうでもよくなった。
穏やかな顔で死んでゆく子供達、苦痛に顔を歪めて息絶える職員達………
全部どうでもいいや
―本当に?
約束、守らなくていいの?
「だ…れ…?」
脳内に直接響く声。それに反応してから先は覚えてない。
気づいたら、全部なくなってた。
髪の色まで変わってた。
全部、全部、終わってた。
✽✽✽
「う……あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁァっ!………ガっ…あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
セナは苦痛に顔を歪め、悲鳴を上げていた。悲しんでいるような、怒っているような、心そのものが苦痛を訴えているような悲鳴。
体は治っている。魂も修復された。それでも、治らないものがある。
―――心だ。
記憶の剪定を無理矢理実行したことで、セナの魂に刻まれている記憶がダイジェスト映像のように彼女の脳内で流れている。
暗い牢獄、番号がつけられた首輪、手枷、重り。いつ死んでもおかしくない環境。
「この子は最高傑作よ!」
「あぁ!生まれつき異能を持っていたことに驚いたが、その成長速度にはもっと驚いた!」
愉悦の滲む、人間の声。
全て、彼女の記憶だった。奪ったものではない。彼女が生きてきて、経験し、刻まれたものだ。
「ああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアあああああぁぁぁぁァァァ…………………」
セナの意識が暗転した。悲鳴を上げながら、その場に力なく沈んだ。
だから、彼女が知ることは絶対にない。彼女がボロボロになり、再生してからも悲鳴を上げ、地面に沈んだ、ここまでの一部始終を見ていた、セナのよく知る「誰か」がいたことを。
✽✽✽
「ごめんね」
ごめんね。
私は、あの子から離れた木の上から、謝ることしかできない。
約束、守れなくてごめんね。
だから…その分、どうか…日の当たる道を生きて。お願いセナ。貴方は…これ以上、汚いものを見ないで…もう、十分苦しんだから。
後のことは、全部、お姉ちゃんに任せて………
ゆっくり休んでね。
✽✽✽
セナから離れた位置にある木の枝が揺れた。その場には、意識のないセナだけが残った。




