32 映画(?)
「青羅、前から話してた顕くんを連れてきたよ〜。僕らの息子のお世話兼護衛係をやってくれるって〜。」
「…私は同意していませんが?」
翔琉は顕を月守組の屋敷内の青羅がいる部屋に連れてきた。
移動中、延々と翔琉の惚気話につき合わされたことで、顕は疲れ果てていた。しかし、そんな態度を感じさせる者は三流である。顕は疲れを押し殺して微笑んでいる。
青羅はベッドの上で上半身を起こして翔琉と顕に手を振っている。彼女のお腹は膨らんでいる。
「ん?おかしいな…確かに『喜んで働きます!』って聞いたはずなのに…」
翔琉はわざわざ顕の声を真似る。それは無駄に完成度が高かった。
「…他人をからかうことがそんなに楽しいですか?」
「うん。すごく。顕くんは素直だしね。僕らの息子は今月には生まれる予定なんだよねぇ。ってことで、それまでに新人研修終わらせよっか!」
「翔琉、無理はしないでね?翔琉は荒事よりも情報戦の方が得意なんだから。」
翔琉と青羅の間では顕を月守組の組員にすることは決定事項らしい。
「それは分かってるから大丈夫。負けても最後に勝てばいいもんね。それに、僕が負けと認めなければそれは負けじゃないし。」
「なんですかその暴論は!?」
顕は反射的にツッコんだ。青羅の体調に気を使ってか、声は抑えられている。
「ん?裏の常識だよ?裏では最後まで立ってた奴が正義だしね。」
翔琉はなぜツッコまれたのか理解していないらしく、首を傾げる。青羅は肩を震わせてクスクスと笑っている。
「翔琉、ダメよ。顕くんは元は表の人間でしょう?私たちみたいに子供の頃からこっちにいて、根本まで染まり切っているわけじゃないんだから。ちゃんと説明してあげないと。」
「あっ…忘れてた。顕くん、人を殺すのに躊躇なかったからさ。ごめんね?」
青羅から指摘され、翔琉は素直に顕に謝った。自分の説明が足りなかったよ、と。
「例えば、暗殺したい奴がいたとして、こっちが失敗したとするよ。その時、表の考え方でいったら、僕らは負けだよね?だけど、僕らが生きている限り、何回でも暗殺はできる。標的か僕らのどちらかが死ぬまでね。最終的には最後に立っていた…つまり、生き残っていた奴の勝利、ってこと。分かった?」
「はぁ、結局暴論じゃないですか…」
顕はため息をつく。翔琉の説明は丁寧に己の暴論の内容を説明しているだけだからだ。
「顕くん、君は仕事を失敗したことはある?」
見かねた青羅が顕に質問する。
「はい。こちらに来たばかりの頃は何度か…」
「その時、君はどうしたの?失敗してすぐに諦めた?」
「いえ。計画を練り直して成功するまで続けました。」
顕の返答に青羅はニコリ、と笑う。
「ほら。君は仕事を失敗してるでしょ?でも、最後には成功させた。それは君が生きていたからできたことでしょう?失敗は負けじゃなくて勝利するまでに必要な過程。失敗から勝利するための計画を立て直すためのヒントを得られればそれは失敗じゃなくなる。自分の糧になる。」
顕は翔琉の暴論を納得した。正確には、暴論ではなかった。
「そういうことですか。『負け』は勝利の可能性が潰えること…つまり、死ぬことで、『勝利』は生きて目的を達成すること。勝利できる可能性があるうちは負けじゃないと…分かりやすい説明をありがとうございました。そして、先程、暴論と言ったことを謝罪いたします。」
顕は自分の非をすぐに認めた。顕は裏で生きていく上でそれが最も大事だと身を持って知っていた。だから、すぐに謝罪した。自分のプライドはこの世界で生きたいのであれば、不要だ。プライドを守ることを優先し、過ちを認めることができない場合、そいつからすぐに死ぬ。裏では実力が全てだが、信頼も必要だ。信頼がなければいくら実力があろうと捨て駒にされる未来しかない。ここはそういう場所だ。
「うん。やっぱり顕くんは素直だね。安心して青羅との息子を任せられる。」
「ええ。顕くん、私達の息子をお願いね。たまには莉葵…娘とも遊んであげてくれると嬉しいわ。」
顕は困惑する。なぜなら、顕は自分の父親を殺したから。血縁者を殺すなど、裏では日常茶飯時だ。それは親子の間に愛や絆などは存在しないからだ。しかし、翔琉と青羅は自分達の子供にしっかりと愛情を注いでいる。だからこそ、顕には理解できない。父親を殺した自分を大切な息子のお世話兼護衛係にすると翔琉と青羅が決めていることが。
「私は承諾していませんが…」
顕の呟きに翔琉と青羅は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。




