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酔狂〜紫硝の怪物達〜  作者: 紫月 凛
一章〜何でも屋と元若頭様の世話係〜
31/41

30 映画(?)

最初からわかっていましたが、30話で終わりませんでした。最初の方の話より文字数増やしてるはずなのに…

不思議ですねぇ…

 磨き上げられた板張りの床、少しの汗と古びた防具、油が混ざった独特な匂い、正面にある神棚、張り詰めた、冷たい空気。そこに足袋が擦れる音や踏み込みの、ドンッという音が響く。


 師範と門弟が打ち合う。


 木刀がぶつかり合う。師範が門弟のこめかみに木刀を突きつける。お互い、木刀を鞘に納めるような動作をし、礼をする。


「強くなったなぁ。」


 師範に先程までの張り詰めた空気はない。門弟の成長を純粋に喜んでいる。


「親父には敵わないけどな。いつか越えてやる。」


 門弟は自分の父である師範に憧憬をにじませながら尊敬の眼差しを向ける。


「いつまで稽古をしてるの!?夕飯できてるわよ!」


「うわっ…親父、お袋の雷が落ちる前に行かなきゃ。」


 父親は苦笑しながら息子と道場を出た。


 親子三人の幸せな日常。それは当たり前であって、そうじゃない。薄いガラスの上に辛うじて成り立っている平和。それをまだ、彼らは知らない。


―深夜―


「な、なんでだよ…?」


 父親と母親が寝ている部屋。その前を通りかかった息子は鉄臭い匂いに違和感を抱き、障子を開けた。部屋の中には血を流して倒れている父親と血の付いた刃物を持った母親がいた。母親はゆっくりと息子の方に顔を向ける。いつも優しい光を宿している瞳は欲望に染まっていた。


「あら、ダメじゃない。良い子は寝ている時間よ?」


 母親は息子に咎めるような口調でそう言った。それだけ聞けば、いつもの母親だしかし、瞳はギラつき、血を流して倒れている父親が側にいるにも関わらず、微笑んでいる。


「ん…あぁ?」


「親父っ!大丈夫か!?お袋に刺されたのか!?」


 息子は自分の父親に駆け寄る。父親は息子の助けを借りて体を起こす。腹から血が流れ出るが、父親の様子をみる限り、そこまで深くはない。父親は自分の息子に視線を向け、懐から護身用の短刀を取り出す。そして、刺した。自分の息子を。


「えっ…?」


 息子は泣きもせず、悲鳴も上げない。


「な、んで…?」


 ただ、目の前の現実を受け入れられず、呆然とする。

 咄嗟に避けたおかげで父親の攻撃は息子の頬を掠っただけだった。父親はさらに短刀を振るう。息子はほぼ、反射的に動いた。父親の力を利用し、短刀を奪い、彼の喉元に突きつける。


 しかし、そこで止まらなかった。


「ゴフッ…」


 父親の喉元に短刀が突き刺さる。血を吐いてその場に倒れる。最後に、痙攣して、父親は息絶えた。


「あっ…」


 息子は現実を受け入れられない。尊敬する師範を、自分の父を殺した。

 それを見ていた母親は、嗤った。口を歪め、心底嬉しそうに笑う。


「手間が省けたわ。ありがとう。最後に役に立ってくれて。」


 母親は動かなくなった父親を見て震える自分の息子に刃を向ける。息子は母親に顔を向ける。


 そこに、母親はいなかった。血のつながっただけの他人。


 息子は絶望する。


 たった一晩で父と母を失った。


「お袋…?嘘だよな?」


 最後の希望に縋るように母親に尋ねる。母親はニコリ、と不気味なほど自然に笑う。


「鬱陶しいのよ。最初から遺産目的で近づいただけなのに向こうは本気だし。子供を産む気もなかったのに。なかなかコイツ、死んでくれなかったのよ。毒を盛っても、殺し屋を手配しても。」


 先程まで母親だったはずの女性は笑いながら毒を吐く。そして、欲望に染まった瞳を自分の子供に向ける。


「まぁ、最後の最後にあんたが役に立ったんどけど。ありがと。お礼にできるだけ苦しまずに殺してあげる。」


 息子は反射的に家の敷地を出た。夜の闇を走る。女性は追いかけてこない。手には父の形見の短刀。


 その目は昏く、何も映していなかった。

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