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酔狂〜紫硝の怪物達〜  作者: 紫月 凛
一章〜何でも屋と元若頭様の世話係〜
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 セナは顕の攻撃を()()()()避ける。彼女からは一切攻撃をしない。まるで、実力差を見せつけるように。


「貴方は自分を拾ってくれた翔琉さんに感謝し、彼の言葉通り、その息子に忠誠を誓った…」


 脚を狙った攻撃は軽く跳んで、喉元を狙った攻撃は屈んで避ける。ずっといくつかの同じ動作を繰り返している。顕の攻撃は単調になっていく。彼はセナの言動に意識を持っていかれ、他のことに目を向けられなくなっていく。


「だけど、裏切った。自分の母親が、父親を裏切った時のように。」


 セナが最期の仕上げとばかりに声のトーンを上げて言い放った言葉の意味を顕が理解すると、彼の顔から全ての感情が消え去った。彼の動きがピタリ、と止まり、ギギギと壊れたロボットのような動きでセナに視線を向ける。


「最後に言いたいことはありますか?」


 顕の声は冷たく、殺気が籠もっていた。心臓が凍りつくような殺気を向けられたセナは、口角を上げた。この状況を愉しんでいると一目で分かる表情だ。それは感情が宿っているように見えて、空っぽだった。一見すると完璧で自然な表情だが、どこか作り物めいた表情だ。しかし、今の顕にその違和感に気づく余裕はなかった。


―――全てセナの思惑通りに進んでいた


 セナは心の底から愉しんでいるという笑みを浮かべる。


「今、貴方には憎悪を向ける対象がいなくなっているのでしょう?生きる目的を見失ったまま、彷徨い歩いているだけ…」


「よく動く口ですね。」


 セナは顕が振るった短刀を避けなかった。それにより、口の両端が深く切られ、血が噴き出す。


「ただ、あの日の自分の行いから目を逸らしたい、それだけの理由で目的を見失ったことにしている…」


「もう避けないですか?」


 顕は短刀の鞘でセナの右の脇腹を強く殴った。"ゴキッ"と硬いものが砕ける音が響き、巻き込まれた右腕がぶらん、と垂れ下がる。右の脇腹は歪んでいる。


「あの日、敬愛する主人を裏切った貴方はその現実から逃げた。」


「目障りです。」


 顕は短刀でセナのワンピースのスリットから覗く左脚を貫いた。太腿から血が垂れ、彼女の白い脚に赤い華を添える。彼女は悲鳴は愚か、表情すら変えずにその場に倒れた。背中を強く打ち付けた時も、その顔には笑みが貼り付いていた。それを顕は壊れていく人形と重ねていた。


「それでも…貴方は凪の幸せを願っている…自分のせいで壊れた幸せを…」


「…いい加減、黙ってもらえますか?」


 顕が鞘でセナの右脚を殴った。何かが潰れる音が響いたが、彼女の脚はワンピースに隠れて見えない。


「自分のせいで異能を得て、壊れてしまった凪の幸せ…貴方はそれを願っている。本当、羨ましいわ。」


「言いたいことはもうありませんよね?」


 顕が短刀を振り上げる。セナは微笑みながら目を瞑る。"ドスッ"という鈍い音が聞こえるとセナは目を開けた。そこにはセナを背にかばうようにして刀を構えた凪と彼にふっ飛ばされた顕がいた。


(ここまでは計画通り…にしても…流石に少し痛いわね。異能、発動。)


 セナが異能を発動させるとほんの数秒で傷は全て消えた。骨や筋肉の繊維も変にくっついたり、歪んだりせずに綺麗に治っていた。


「凪、こんばんは。今は一人なのね。」


 セナは先程までの重傷が嘘のようにいつも通りの声のトーン、微笑み方、飄々とした態度で起き上がった。


「お前…大丈夫なのか…?」


(あ〜あ。闇、見られちゃったかな〜?)


 凪はいつも通り過ぎるセナの声に彼女の方を振り向き、その姿を見て桔梗色に染まった瞳を驚きで見開く。その反応でセナは凪が自分の異能に驚いたのではなく、千里眼によって視えたモノに驚いたと分かった。

 凪の青みを帯びた紫色の瞳は異能者の象徴であり、セナという例外を除けば、異能者が異能を使っている動かぬ証拠。


(こっから凪も怒らせないとなのよねぇ…はぁ…今回は私、異能を持ってない女の子だったら死んでるわぁ…)


「ははっ…」


 セナはそこまで考えて、自嘲するように小さく笑い声を漏らした。


(そもそも、異能者じゃなかったら…普通の女の子だったら…私はここにいないか。)


 顕は凪に腹を蹴り飛ばされたことにより、骨が折れたのか苦悶の表情で体を起こしている。セナは立ち上がってナイフを抜き放つ。


「今のが私の異能よ。もう全部治ってるわ。」


 セナの言葉に凪は瞳を桔梗色に染めたまま、その端正な顔を歪める。


「それは肉体の傷に限った話だろ。」


(はぁ…やっぱり、視られたかぁ〜…)


 セナは自分の闇を隠すように口角を上げる。心の傷から目を逸らす。闇から目を逸らすように顕にアメジストの瞳を向ける。


「ご依頼通り、凪から貴方を消してあげる。」


 セナは顕にナイフを振るう。


 踊るように、

 舞うように。

 

 彼女の姿を月が夜の闇の中を照らしている。顕は彼女に目を奪われた。彼女の表情があまりにも哀しい笑顔を浮かべていたから。

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