77.交易
ホールへ足を踏み入れると、そこは布地を求める商人たちで熱気に包まれていた。
運び込まれたばかりの反物が次々と広げられ、商人たちは手触りを確かめたり、光にかざして織りの細かさを見たりと、真剣な眼差しで品定めをしている。
「これは見事な織りだ」
「色合いも美しい。以前より品質が上がっているじゃないか」
「ようやくレイベック領の布地が手に入るぞ」
あちらこちらから感嘆の声が上がり、誰もが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
レイベック領の布地は品質の高さで有名らしい。しかし、戦争のせいで長らく市場へ出回ることがなかったため、多くの商人が再び仕入れられる日を待ち望んでいたのだ。
一通り品定めが終わると、今度は具体的な取引が始まる。
「この反物を三十本もらおう」
「こちらは五十本だ」
「いや、その柄は全部押さえたい!」
次々と商談がまとまり、布地は飛ぶように売れていく。使用人たちは注文を受けては品を運び出し、商人たちは代金を支払いながら満足そうに荷車へ積み込んでいく。
ホールの熱気は夕方まで途切れることなく続いた。
そして、日が傾く頃。積み上げられていた布地は一反残らず姿を消し、その代わりに机の上には積み重ねられた金貨や銀貨が輝いていた。
レイベック領で織り上げられた布地は、その日すべて完売したのだった。
◇
そして、その翌日――今度は領主の館に鉄製品を扱う商人たちが集まってきた。昨日とは反対に、今日のホールは武具や農具、工具を積んだ荷車が次々と運び込まれてくる。
戦争の影響でレイベック領との取引が途絶えていたため、鉄製品を扱う商人たちも久しぶりの大口取引に誰もが嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ようやく仕入れてもらえる」
「これだけの量を一度に買ってもらえるとはありがたい」
「今日だけでしばらく食っていけそうだ」
商人たちは口々に喜びを漏らしながら、自慢の商品を並べていく。
剣や槍、斧といった武器。鍬や鋤、鎌などの農具。釘や金具、包丁、鍋といった生活用品まで、ホールはありとあらゆる鉄製品で埋め尽くされていった。
一方、館の使用人たちは執事さんから受け取った目録を手に、一つひとつの商品を確認していく。
「こちらの鍬を二十本」
「釘はこの箱を全部いただきます」
「この鍛冶道具も目録にありますので、お預かりします」
必要な品を目録と照らし合わせながら、迷いなく買い付けていく。そのたびに商人たちの表情はさらに明るくなり、ホールのあちこちから喜びの声が響いた。
「ありがとうございます!」
「これほどまとめて買っていただけるとは!」
「助かりました。またぜひお取引を!」
昨日、布地を売って積み上げられていた金貨や銀貨の山は、次々と商人たちの手へ渡っていく。
その代わりに、領主の館には大量の鉄製品が運び込まれ、倉庫だけでは収まりきらず、ホールのあちこちにも積み上げられていった。
そして日が暮れる頃には、金貨の山はほとんど姿を消し、代わりにホールは山のような鉄製品で埋め尽くされていた。
こうしてレイベック領は、布地を資金へと変え、その資金を今度は領地に欠かせない鉄製品へと換えていったのだった。
◇
「君たちのお陰で、レイベック領の布地を大量に売ることができた。これで領地の財政もしばらくは安定するだろう。本当に感謝している」
領主様から改めて感謝の言葉を向けられると、なんだか照れくさくなってしまう。
「いえ、私たちは出来ることをしただけです」
そう答えると、領主様は穏やかに笑みを浮かべた。
「その『出来ること』が、どれほど難しいことかを私は知っている。戦争で途絶えていた販路を取り戻し、これだけの商人を呼び込み、さらに一日で完売させるなど、誰にでもできることではない」
領主様はゆっくりとホールを見渡す。
昨日まで積み上げられていた布地はすべて商人たちの手に渡り、代わりに集まった資金は領地の復興に必要な鉄製品へと姿を変えた。
「君たちは、ただ商品を売っただけではない。レイベック領の未来を繋いでくれたのだ」
その言葉に、思わず胸が温かくなる。
「戦争で多くのものを失い、この領地は長い間前へ進めずにいた。だが、ようやく希望が見えてきた」
領主様は私たち一人ひとりを見つめ、深く頭を下げた。
「改めて礼を言おう。本当にありがとう」
その真摯な感謝の言葉に、私たち顔を見合わせ、小さく笑みを浮かべた。こうして誰かの力になれたのなら、この旅も決して無駄ではなかったのだと思えた。
「君たちはこれからどうするのかね?」
「レイベック領に戻って、鉄製品を届けに行きます」
「その後のことだ。これだけの能力があれば、色んな事に活用できる。どうだ、私の下で働いてみないか?」
その言葉にドキッとした。やはりサリサとティナの能力は特別だ。その能力を十分に発揮すれば、凄いことが出来てしまうほどに。
きっと、こんな旅をしなくても、充実した生活を送れることだろう。二人のことを思えば、別に旅をしなくても生きていける。
少し不安になっていると、肩を叩かれた。振り向くとサリサとティナが笑っていた。
「何を迷っている。その必要はないのじゃ。わらわたちはいつでも一緒だからな」
「今の生活が気に入っているので、続けていきましょう」
「二人とも……」
その言葉が心強い。まだ一緒にいられるんだと思うと、胸が温かくなる。
私は改めて領主様に向き直ると、素直な気持ちを伝える。
「私たちは自分たちの生活を続けることにします。お誘いいただき、ありがとうございました」
「そうか、それは残念だ。もし、何かあれば頼りなさい。力になろう」
断ったとしても領主は無理やりいう事を聞かせようとはしなかった。それが、とても救いになった。
私たちは鉄製品をアイテムボックスに入れ、領主の館を後にした。




