75.飛んだぁぁぁっ!
「ティナ……?」
「はい?」
返事だけはいつも通りだった。だけど、その目だけが違う。ハンドルを握る両手に力が入り、瞳は谷の向こうだけを真っすぐ見据えている。
その目は、獲物を見つけた猛獣みたいに輝いていた。
「や、やっぱり下ろうよ? 遠回りでも命には代えられないよ?」
「そうじゃ! 別の道を探せば済む話ではないか!」
二人で必死に説得する。だって、このままだと本当に命が危ない。だけど、ティナは首を横に振った。
「大丈夫です」
「全然大丈夫じゃないよ!」
「動画では成功していました!」
「動画だからでしょ!?」
「ちゃんと計算すれば飛べます!」
「何を計算したの!?」
私の頭は完全に混乱していた。どうしてこんな結論になるの!? どうして動画を見て『やってみよう』になるの!?
「ティナぁぁぁ! お願いだから普通に行こう!」
「そうじゃそうじゃ! わらわはまだ死にとうない!」
本当に駄目だって、駄目ぇっ! 心の底から声を出して叫ぶ。
でも、ティナは満面の笑みを浮かべた。
「二人とも、シートベルトは締めましたか?」
「そんな確認してる場合じゃ――」
ブォォォォォン!!
エンジンが唸りを上げた。
「わああああっ!?」
その瞬間――アクセルが、一気に踏み抜かれる。
ガクンッ!!
猛烈な加速。体が一瞬でシートへ押し付けられた。
「ひゃああああっ!」
「ぬおおおおおっ!?」
キャンピングカーが猛スピードで駆け出す。さっきまで慎重に走っていたのが嘘みたいだった。
岩を踏み越え、土を巻き上げ、一直線に谷へ向かっていく。
「ティナァァァァ!! 止めてぇぇぇぇぇ!!」
「ブレーキじゃ! ブレーキを踏むのじゃぁぁぁ!!」
「ふふふふふっ!」
私たちは必死で叫んでいるのに、ティナが笑っている。いや、それだけじゃない。
「きましたきましたきましたぁぁぁぁぁ!!」
テンションが爆発していた。
「クロスカントリーラリーみたいですーーーっ!!」
「違うよぉぉぉぉ!!」
「ラリーでも谷は飛ばなかったぞぉぉぉぉっ!」
私たちは半泣きで叫ぶ。本当に怖いから止めて! 今すぐにブレーキを踏み抜いて!
でも、私のたちの気持ちはティナには届かない。
「あと少し……!」
谷がもう目の前に迫っている。距離はある。これを本当に飛び越えるの? ……だめ、落ちる。死ぬ!
「ティナァァァァァァァァァァ!!」
その瞬間だった――。
ドォォォォォォォォォンッ!!
凄まじい爆発音が響いた。
「きゃああああああっ!!」
車体の後方から衝撃が突き上げる。爆風がキャンピングカーを押し出し――グンッ!! 車体がありえないくらいに浮いた。
「と、とんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬわあああああああああっ!!」
タイヤが地面を離れる。車体が完全に宙へ飛び出して、谷底が一気に遠ざかる。眼下には切り立った崖があって、底なんて見えない。
風だけがゴォォォッと車体を叩いている。
「すごいですーーーっ!! 本当に飛びましたーーーっ!!」
ティナだけが歓声を上げていた。こんな状況で、喜んでいるだと!?
私は恐怖で涙目になりながら窓の外を見てみると――飛んでる。本当に飛んでる。夢じゃない。
キャンピングカーが空を飛んでいる。でも、浮いていられる時間なんて、一瞬だった。
ふわりと持ち上がった車体は、すぐに重力に引かれ始める。
「あっ……」
落ちる、ダメだ! もう無理! 死ぬ!
そう覚悟した瞬間――ドゴォォォンッ!! とてつもない衝撃が車体を襲った。
「きゃああああああっ!!」
「ぬおおおおおっ!!」
シートベルトが体に食い込み、全身が激しく揺さぶられる。ガタガタガタガタッ!! タイヤが地面を掴み、車体が何度も跳ねる。
それでも横転することなく、そのまま前へ滑っていき――ギギギギギギッ……ようやく停止した。
車内は驚くほど静かだった。私はそのまましばらく動けなかった。心臓だけが、耳元でうるさいくらい鳴っている。
恐る恐る窓の外を見る。そこに広がっていたのは――さっきまで向こう岸に見えていた、反対側の山の景色だった。
「い、生きてる……」
「死んだ……今、わらわは一回死んだぞ」
あまりにも恐怖体験だった。谷を飛び越えるとか、それ――アニメの世界だから。それをティナはやってのけたという事になる。
隣を見ると、ティナが目を輝かせているのが見えた。
「す、凄かったです! 帰りもやりましょう!」
「「絶対に止めて!!」」
もう! 二度と! 谷は! 越えません!
新連載一つ、投稿させていただきました。
「 収納魔法を裏返したら世界最強でした!~極小収納しか使えない無能と辺境に追放されたので、もう好きに生きます~」
もし、興味が沸きましたら、ご覧くださると嬉しいです!
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