68.オークション
オークション会場には演台が設置され、布がかぶされた商品と思われるものがずらりと並ぶ。
そして、その前にはたくさんの長椅子が用意され、オークションに参加する人たちが今か今かと待っている。
そうして、お客さんで一杯になったところに、演台に司会者と思われる人が現れた。司会者は会場をゆっくりと見渡し、一礼する。
「皆様、本日は当オークションへお越しいただき、誠にありがとうございます。それでは、これより競売を開始いたします!」
その声と同時に、大きな拍手が会場に響き渡った。
「記念すべき最初の商品はこちら!」
係員が布を勢いよく取り払う。現れたのは、一振りの美しい剣だった。
磨き上げられた刀身は照明を受けて白銀に輝き、鍔や柄には繊細な装飾が施されている。実用品でありながら芸術品としての風格も兼ね備えたその剣に、会場のあちこちから感嘆の声が漏れた。
「こちらは王都でも名高い鍛冶師、ガルディンが鍛え上げた匠の一品です。切れ味、耐久性ともに折り紙付き。冒険者はもちろん、貴族のコレクションとしても人気の逸品となっております。それでは、競売開始価格、30万コルトから!」
「40万!」
「45万!」
「48万!」
開始の合図を待っていたかのように、次々と声が飛び交う。
「お、おい……いきなり三十万コルトから始まったぞ」
「凄い……値が上がっていきます」
「私たちで買えるかな?」
50万まで出そうと思っていたが、それだけじゃ済まなそうだ。
「も、もう少し……お金を出した方が良さそう?」
「今のままだったら、買えなさそうな雰囲気ですよね」
「……ここは全額だ、全額を出すべきじゃ!」
全額か……。本当にそれで済むのか不安だ。全額を払ったとしても、私たちには砂糖を売るという手段があるから、なんとかなるけれど……。
三人でどうしようか迷っていた時――。
「さぁ、皆様、お待たせいたしました! 続いてご紹介するのは、滅多に市場へ姿を現さない超希少品! 遥か海の向こう、極寒の大陸に生息する『フロストドラゴン』の肉です! 討伐自体が困難な魔物ゆえ、その流通量は極めてわずか。引き締まった肉質と濃厚な旨味は、一流の料理人たちがこぞって求める極上の食材! 一口味わえば、生涯忘れられない至高の美味をご堪能いただけます!」
……来た! 一体いくらから、始まるのだろうか?
「競売開始価格は――50万コルトから!」
その値段を聞いて、ヒュッと息を呑んだ。そ、そんなに高額から始まるのっ!? 周りはどうするの!?
「54万!」
「58万!」
「60万!」
ど、どんどん値段が上がっていく!
「どうする、メル! 参加しないと、肉が手に入らないのじゃ!」
「い、いくらまで出しますか!?」
「うっ……こ、ここは……」
ぶるぶると震える手を――バッと上げた。
「79万!」
「全額ですか!?」
「覚悟は決まったようじゃな!」
これで買えなきゃ諦めるしか……。そう思っていたら――。
「80万!」
「こ、超えてきた!? ど、どうするのじゃ!? もう、お金はないぞ!?」
「もう払えませんよ!」
確かに……確かに払えない。だけど、奥の手がある。それは――私のお小遣いを全額使う事!
「83万!」
「ど、どこにそんなお金が!?」
「わ、私のお小遣いから……」
「そ、そんなことを……」
流石にこれ以上は出せない。だから、ここで諦めて!
「85万!」
まだ、乗せてくる!? ど、どうしようお金なんてもう……!
「メル! 私のお小遣いの3万コルトも使ってください!」
「わらわのお小遣いの3万コルトも使え! 絶対に肉を獲得するんじゃ!」
「二人とも……ありがとう! ――91万!」
その値段を言うと、会場内はざわついた。ドキドキしながら待っていると、次の声がかからない。これは、勝った?
そう思った時――。
「100万」
低く落ち着いた声が会場の奥から響く。ざわついていた空気が、一瞬にして静まり返った。
「ひゃ、百万……」
「そんな金額を即答するとは……」
「どこの貴族だ……?」
視線が一斉に声の主へと向けられる。
私も思わず振り返るが、そこには燕尾服をまとった初老の男性が座っているだけだった。その表情には焦りなど微塵もなく、まるで当然の価格だと言わんばかりの余裕がある。
私たちは顔を見合わせた。
「……もう、本当に無理です」
「これ以上は一コルトたりとも出せぬのじゃ……」
あと少しだったのに! 私たちは肩を落とし、それ以上声を上げることはなかった。
司会者が会場を見回し、木槌を軽く掲げる。
「百万コルト! 百万コルト! ほかにご入札はございませんか!」
静寂が流れる。誰も手を挙げない。そして、司会者は満面の笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「百万コルト――落札!」
カンッ!木槌の乾いた音が会場に響き渡る。同時に、大きな拍手が巻き起こった。
「うぅ……負けちゃったね……」
「惜しかったのう……」
「あと少しだったんですけどね……」
三人そろってため息をつくしかなかった。やっぱり、事前準備が出来なかったのが痛かった。砂糖を売ればもしかしたら? でも、砂糖を売るとその町には居られなくなるから……。
そんなことを考えていると、初老の男性が壇上に上がり、商品を受け取った。そこで、もう一度拍手が沸き起こったので、私たちも一緒に拍手をした。
すると、その初老の男性が司会者に話しかけ、司会者が頷いた。
「えー……お客様から相談が出まして、少しだけお時間をください。では、どうぞ」
「ごほん、私はこの町の領主カリスタ様に仕える執事でございます。皆さまにご相談したいことがありまして、お時間を取らせていただきました。この中で大量の積み荷を素早く運んでくださる方はいませんか? もし、いらっしゃいましたら、声をかけてください。報酬はこの肉でもお金でも大丈夫です」
「大量の積み荷だって?」
「一体、どれほどの量なんだ?」
「報酬がフロストドラゴンの肉って、ずいぶん羽振りがいいな……」
会場中がざわめき始める。けれど、誰一人として名乗りを上げようとはしなかった。
積み荷を素早く運ぶ。口で言うほど簡単な仕事ではないのだろう。ましてや、この執事がわざわざオークションの最中に募集をかけるほどだ。普通の馬車や人手ではどうにもならない事情があるに違いない。
「メル……」
ティナがそっと私の袖を引っ張る。
「これって……私たちならできるんじゃないですか?」
「えっ……?」
大量の荷物はサリサのアイテムボックスで、素早く移動はティナのキャンピングカーでなんとかなりそうだ。
「た、確かに……!」
思わず身を乗り出す。もしこの依頼を成功させれば、あのフロストドラゴンの肉を報酬として受け取れる可能性がある。
私は二人と目を合わせると同じことを考えていたようで、力強く頷いた。
「行こう」
「はい!」
「うむ!」
三人で席を立ち、人々の視線を受けながら、領主の執事が待つ壇上へと歩き始めた。




