62.この町ともお別れ
小箱にぎっしりと詰まった黒い実。それを眺めると、自然と顔がニヤケてくる。
「たくさん買えてよかったですね。これだけあれば、しばらくは楽しめそうです」
「そうだね。毎日使いたい気分だけど、それをしちゃうと早くなくなっちゃうから、少しずつ使おうと思う」
「一気にガーッて使った方が気分がいいぞ? ほれほれ、早速一つ齧ってみるといい」
隣でサリサが誘惑してくるけれど、そんなのには負けない。ようやく手に入れた香辛料をすぐになくすわけにはいかないからだ。
「串焼きを食べたから、今日の分は堪能したから大丈夫」
「本当ですかー? なんか、耳と尻尾が忙しなく動いているんですけれど」
「こ、これは……入手出来たのが嬉しいってだけで」
「本当は使いたいんじゃないのか。ほれ、一粒」
「あっ!」
サリサが小箱から黒い実を一つ摘まむと、私の口の中に放り込んだ。ガリッという音がすると、香辛料の味と香りが体を駆け抜ける。その衝撃で体が跳ねた。
「美味しい!」
もう、この感覚が堪らない! 体中が騒ぎ出して、黙っていられない。口の中が幸せだし、体も幸せだし、本当にこの香辛料はどうなっているんだ!?
体をうねうね動かしていると、サリサに肩を掴まれた。
「よしよし! 存分にもふもふしてやろうか!」
そう言って、頭と耳をわしゃわしゃと撫でられ、顎の下まで撫でられる。本当なら恥ずかしいんだけど、香辛料の効果で嬉しいにしかならない。
「ほれほれ、気持ちいいか?」
「うん!」
「あっ、私ももふもふします!」
そうして、二人に囲まれて存分にもふもふされ、いい気分のまま時間が過ぎていき――。
「ハッ!」
とうとつに香辛料の効果が切れる。そして、現状を理解すると――。
「ちょっと、二人とも……恥ずかしいからやめて」
やっぱり、恥ずかしくなる。香辛料が効いている時には感じたことのない気持ち。部屋の隅に逃げ出したい気分だ。
「なんじゃ、もう終わりか。一日中もふもふしていたいのじゃ」
「どうにかなりませんかねぇ」
「どうにもならない! 今日はおしまい!」
二人にいいようにされているような気もするけれど、香辛料の効果がある時に撫でられるの気持ちいいから止められない。うぅ、いつのまにこんなに欲に弱い感じに。
「香辛料も手に入ったし、しばらくの生活費も手に入った。だから、そろそろ町を離れようか」
「そうじゃな。わらわたちの目的地は海じゃから、早くそっちに行きたいな」
「別れるのは寂しいですが、これが旅ですものね」
町を離れる時はいつも寂しい。だけど、しばらくはそうやって生きていくって決めたから、止まるわけにはいかない。
私たちは身支度を整えると、寝室へと入って行った。
◇
「おじさん、串焼き頂戴!」
「おっ? 今日も来てくれたのか、ありがとう」
次の日、私たちは砂糖を売りに行った後に、いつもの屋台へとやってきた。おじさんは温かく迎い入れて、串焼きを焼いてくれる。
「おじさん、サポーターの調子はどう?」
「あぁ、すこぶるいいよ。こんなにいい物をくれて本当にありがとな」
おじさんの表情がいつもよりも明るい。それを見て、ホッとした気持ちになる。
「はいよ、お待ち!」
私たちに串焼きが手渡され、それにかぶりつく。いつもと同じ味、心が躍るような気持ちだ。そわそわして耳も尻尾も動きっぱなしだ。
「ははっ、そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。まぁ、香辛料のお陰だけどな」
「ううん。おじさんのオリジナルブレンドの粉が美味しいんだよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
この味は真似しようにも真似できない。そんな絶妙なブレンドになっている。
いつものように他愛もない会話をして、楽しいひと時を過ごす。そして、串焼きを全て食べ終えると、私たちは改めておじさんに向かい合った。
「おじさん、いつも優しくしてくれてありがとう。私たち、これから町を出るね」
「……そうか、それは寂しいね。準備は出来たかい?」
「もちろん、バッチリじゃ! もう旅にも慣れたし、不足はないのじゃ!」
「抜かりはありません! 次の町まで十分に準備しましたから」
「全く、こっちは心配しているのに、元気いっぱいに言ってくれちゃって。だが、その方が寂しくないかもな」
おじさんは苦笑いをして、溜息を吐いた。
「また、串焼きを食べたくなったら戻っておいで。いつだって歓迎するからな」
「ほほう……。それまでおじさんの膝がもっておるかのう?」
「見くびっちゃー困る。よぼよぼの爺さんになるまで、屋台に立ってみせる。もう一度、お前たちに会うためにな」
その力強い言葉に安心した。ここに戻ってこれば、またおじさんに会える。そう思うと、寂しさは吹き飛んでいた。
「じゃあ、行くね。おじさん、色々ありがとう」
「あぁ。気を付けていくんだぞ」
別れを告げて、その場を離れる。離れてから振り向いてみると、おじさんはずっと手を振ってくれていた。それに手を振り返すと、私たちは町の外へと向かっていった。
◇
「えいっ!」
ティナがスキルを発動すると、キャンピングカーが現れた。慣れたように運転席と後部座席に別れて乗り込む。
ディスプレイを操作すると、途端に音楽が流れ始める。これで、長距離移動の準備は完了した。
そして、キャンピングカーはゆっくりと進みだし、速度を上げていった。
「良い町だったね。次もこんな町だと嬉しい」
「きっと、同じくらいに良い町じゃ! そうじゃなくちゃ、旅はつまらん!」
「辛い目には会いたくないですよねー」
以前なら寂しさで辛い気持ちだったけれど、幾度の別れを繰り返してきた私たちもそれに慣れてきた。今では、次の町を楽しむ心の余裕が出来始めている。
「私は長距離運転が出来て楽しいです。今回はどんな道なんでしょうか? 道に石がたくさんあったり? それを乗り越えたり」
「いやいや。乗り越えるんじゃなくて、迂回すればいいじゃろうが。なんで、そんな発想になるんだか……」
「悪路を進むのも旅の醍醐味です!」
「それはティナだけじゃ!」
車内は相変わらず賑やかで楽しい。別れの寂しさなんて微塵も感じなくて、気持ちはずっと穏やかなままだ。
窓を開け、外を見る。流れていく景色を見ながら進むと、期待が膨らんでいく。次はどんな町に到着するのだろうか?




