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死者同士の会話は、聞いてはいけない ―午前零時十三分の町内放送―  作者: たむ
第一部 死者からの伝言

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第9話 午前零時十三分

誰か一人が犠牲になれば、残る人は助かる。


そう言われたとき、優しい人ほど自分を差し出そうとします。


けれど、怪異が用意する選択肢に、本当の正解が含まれているとは限りません。

『誰から殺す?』


 放送卓の前に座る未来の澪が、楽しそうに尋ねた。


『本人たちに決めてもらおうよ』


 三人の未来の幽霊が、生きている自分たちを見つめている。


 首に黒い糸を巻かれた澪。


 全身を血で濡らした篠崎。


 胸に大きな穴が開いた透真。


 同じ顔。


 同じ声。


 けれど、生きている者を見る目だけが違う。


 未来の幽霊たちは、自分たちが本物になる瞬間を待っていた。


 放送室の壁に掛けられた時計は、午後六時十九分を示している。


 秒針は動いていない。


 代わりに、スピーカーから時計の音が響いていた。


 かち。


 かち。


 かち。


 一秒進むたび、壁の黒い染みが広がっていく。


「誰も死なせません」


 透真は放送室へ足を踏み入れた。


 背後で澪が息を呑む。


「音無くん、近づいて大丈夫なの?」


「大丈夫ではありません」


「じゃあ、どうして行くの」


「近づかないと話ができないからです」


 透真の声は震えていた。


 膝も震えている。


 それでも足を止めなかった。


 未来の透真が、穴の開いた胸を押さえながら笑う。


『相変わらずだね』


「何がですか」


『怖がっているのに、自分から近づいてくる』


「自分からではありません。追い込まれています」


『同じだよ』


 放送卓には、三本のマイクが並んでいた。


 それぞれの前に、名前が刻まれている。


 早坂澪。


 篠崎修司。


 音無透真。


 未来の幽霊たちは、自分の名前の前へ座っている。


『ルールを説明します』


 未来の篠崎が、教師のような口調で言った。


『三人のうち、一人を選ぶ』


『選ばれた一人は、午前零時十三分に死ぬ』


 未来の澪が続ける。


『残った二人は、明日の朝まで生きられる』


「明日の朝まで?」


 澪が聞き返す。


『その先は保証しないよ』


「全然助からないじゃない」


『今夜は助かる』


「詐欺みたいな言い方」


 澪は強く言い返したが、その手は震えていた。


 未来の透真が胸元から黒い糸を引き出す。


 糸の先には、三枚の白い札が結ばれていた。


 それぞれに三人の名前が書かれている。


『選び方は簡単』


 未来の透真は札を放送卓へ置いた。


『一人ずつ、死んでもいいと思う人間の名前をマイクへ言う』


「言わなかったら?」


『全員死ぬ』


「三人の意見が割れたら?」


『最も多く名前を呼ばれた人が死ぬ』


「全員が自分の名前を言ったら?」


 未来の澪が笑う。


『全員死ぬ』


「結局、誰かを選ばせたいだけですね」


 透真は三枚の札を見た。


「人に罪悪感を残すために」


『罪悪感は、いい音を出す』


 未来の篠崎が答えた。


『後悔』


『謝罪』


『届かなかった言葉』


 三人の幽霊が声を重ねる。


『それが、新しい席を作る』


 篠崎が放送卓へ近づいた。


「茶番だ」


『先生は参加しない?』


「誰の名前も言わない」


『なら三人とも死ぬ』


「好きにしろ」


 未来の篠崎の顔から笑みが消えた。


『本当に?』


「ああ」


『早坂澪も死ぬ』


 篠崎の視線がわずかに揺れる。


『音無透真も死ぬ』


「黙れ」


『二人は、お前の言葉を信じてここまで来た』


「黙れ」


『また子どもを置いて逃げるの?』


 放送室のどこかで、銀の鈴が鳴った。


 ちりん。


 篠崎のポケットに入っている、妹・真帆の鈴。


 未来の篠崎が血に濡れた指を伸ばす。


『今度は、どちらを置いて逃げる?』


「俺は逃げない」


『では、誰を選ぶ?』


 篠崎は答えない。


 未来の澪が、首に巻かれた黒い糸を引っ張った。


『私は決めてるよ』


 生きている澪が、自分の未来を見ようと窓や放送卓を見回す。


「私の幽霊、何て言ってるの?」


 透真は答えたくなかった。


「決めているそうです」


「誰を?」


 未来の澪が指を伸ばす。


 選んだのは透真ではない。


 血に濡れた篠崎だった。


『篠崎修司』


 放送卓のマイクが赤く点灯する。


 ぶつ。


 未来の澪の声が、施設内すべてのスピーカーから流れた。


『最初に死ぬのは、篠崎修司』


 篠崎の名前が書かれた札へ、黒い染みが広がる。


「先生を選びました」


 透真が伝えると、澪は顔を強張らせた。


「どうして?」


『この人が始めたから』


「先生が始めたと言っています」


 篠崎の顔から表情が消える。


「何をだ」


『声を閉じ込めること』


「違う」


『最初の十三人を椅子へ座らせた』


「俺じゃない」


『水上美月を殴った』


 篠崎が拳を握る。


『音無小夜子の声を消した』


「黙れ!」


 未来の澪は笑わない。


 死者の目で、まっすぐ篠崎を見ている。


『だから、先生が最初』


「篠崎先生」


 透真は尋ねた。


「母の声を消したんですか」


「違う」


「では、なぜ未来の澪さんが知っているんです」


「そいつは早坂の記憶だけで作られているわけじゃない」


『そうだよ』


 未来の澪が自分の頭を指差す。


『ここには、放送局が知っていることも入ってる』


 未来の幽霊たちは、生者の死の可能性であると同時に、怪異が生み出した案内人でもある。


 嘘だけを話しているとは限らない。


 真実だけを話しているとも限らない。


「先生」


 澪が篠崎の前へ立った。


「水上先輩を殴った理由を話してください」


「今は関係ない」


「私の未来が、先生を殺そうとしてる」


「そいつはお前じゃない」


「でも、私の顔をしてる」


 澪は自分の胸元を押さえた。


「私が知らないことを知っていて、私が心の奥で思うかもしれないことを言ってる」


「早坂」


「私が何も知らないままなら、あれに言葉を渡してしまう」


 澪の声が震える。


「だから話してください」


 篠崎は長いあいだ黙っていた。


 壁のスピーカーから、秒針の音が響く。


 かち。


 かち。


 かち。


 午後六時十九分から動かなかった時計の長針が、突然一つ進んだ。


 午後六時二十分。


 時間が、急に動き始めた。


「時間が進みました」


 透真は時計を見上げる。


 次の一秒。


 時計の針が大きく跳ねた。


 午後七時。


 午後八時。


 午後九時。


 一秒ごとに一時間進んでいく。


「午前零時十三分まで、時間を縮めています」


 未来の透真が頷く。


『話している時間はないよ』


 午後十時。


 篠崎が放送卓を殴った。


「美月は、あの日、呼名女の声を録音した」


 透真と澪が篠崎を見る。


「校内放送に、存在しない町内放送が入り込んだ。美月はそれを聞き、録音した」


「先生は、その録音を消そうとした」


「ああ」


「なぜですか」


「聞いた人間が呼ばれるからだ」


 篠崎は焼け焦げた壁へ視線を向ける。


「十三年前と同じだった」


 町内放送から名前が流れる。


 その名前を聞いた人間は、声を追う。


 自分の名前ではなくても、親しい者の声で呼ばれれば、放送の指示に従ってしまう。


「美月は録音を警察へ持っていくと言った」


「だから殴った?」


 澪の声が冷たくなる。


「止めるつもりだった」


「頭を殴って?」


「録音機を奪おうとした。美月が抵抗した。俺は机の上にあった金属製の文鎮を掴んだ」


「それで殴ったことに変わりはありません」


「ああ」


 篠崎は否定しなかった。


「俺が美月を放送室から追い出した。あいつは雨の中へ逃げ、事故に遭った」


「警察には?」


「言えなかった」


「怪異のことではなく、殴ったことをです」


 澪の言葉に、篠崎は目を伏せる。


「言えなかった」


「それを逃げたと言うんです」


「ああ」


 未来の澪が満足そうに頷く。


『やっぱり先生が最初』


「待ってください」


 透真は未来の澪を見る。


「先生が罪を認めれば、あなたが殺す必要はありません」


『認めただけ』


「真相を話しました」


『水上美月には届かない』


「美月さんは、先生を許してはいません。でも、先生を殺してほしいとも言っていませんでした」


『死者は、本音を隠すよ』


「あなたは美月さんではありません」


『でも、死者の側の声を聞いてる』


「なら、聞いてください」


 透真は壊れた録音機を鞄から取り出した。


 美月の声が残るカセットテープ。


「美月さんが最後に先生へ言った言葉を」


 透真は再生ボタンを押した。


 壊れているはずの録音機が動き始める。


 きゅる。


 ざあああ。


 美月の声。


『先生』


 篠崎の肩が震える。


『あなたを許したわけじゃない』


 以前、透真だけに聞こえた言葉。


 今回は、放送室のスピーカーからも流れた。


 澪にも。


 篠崎にも。


 未来の幽霊たちにも聞こえている。


『でも、私の死を使って、誰かを殺さないで』


 透真は顔を上げた。


 以前には聞こえなかった続き。


 カセットテープに、新しい声が現れている。


『妹に、そんなものを残したくない』


「美月……」


 篠崎の膝が揺れた。


『罪を消さないで』


『忘れないで』


『生きて、自分がしたことを話して』


 美月の声は震えていた。


『私が逃げた音も』


『先生が殴った音も』


『全部、隠さないで』


 録音が止まる。


 未来の澪が篠崎を見た。


『生きろって言ってる』


「そうです」


 透真は頷く。


「罰を受けるために、生きろと言っています」


 篠崎は両手で顔を覆った。


「俺は……」


「美月さんの件を、警察へ話してください」


「ああ」


「怪異のことを信じてもらえなくても、殴ったことは話せます」


「ああ」


「事故との関係も」


「分かっている」


 篠崎の名前が書かれた札から、黒い染みが引いていく。


 未来の澪の体に亀裂が入った。


『選び直し』


 少女は首を傾ける。


『先生は、今は死なない』


 澪が息を吐く。


 しかし、未来の透真が二枚の札を持ち上げた。


 早坂澪。


 音無透真。


『残り二人』


「選択そのものをやめてください」


『できない』


「誰が決めたルールですか」


『あなたのお母さん』


 透真の体が凍りつく。


「母さんが?」


『音無小夜子が、最初の席を作った』


「嘘です」


『息子を生き返らせるために』


「母さんは、死者の席へ座るなと言いました」


『息子のためなら、母親は何でもする』


「それでも、ほかの人を犠牲にするような人ではありません」


『本当に知ってる?』


 未来の透真が、胸の穴へ手を入れる。


 中から、赤く濡れた子ども用の靴を取り出した。


 四歳の透真が履いていた靴。


『君は、母親の最後を覚えていない』


「覚えています」


『火事で死んだと思ってるだけ』


「違うんですか」


『小夜子は、火事では死んでいない』


 未来の透真が靴を放送卓へ置く。


『君に殺された』


 透真の耳から、すべての音が消えた。


 澪が何かを言っている。


 篠崎が未来の幽霊へ怒鳴っている。


 口は動いているのに、何も聞こえない。


 無音。


 頭の中に、古い記憶が流れ込む。


     ◇


 十三年前。


 旧町内放送局。


 火災警報が鳴っている。


 四歳の透真は、放送卓の下に隠れていた。


 煙で息ができない。


 母の小夜子が、赤い傘を持った女と向き合っている。


『この子の声を返して』


 母が言う。


 赤い傘の女には顔がない。


『返せば、この子は死にます』


『もう死んでいるのでしょう』


『体だけは、まだ温かい』


 小夜子が放送卓を見る。


 その上には、十三本のカセットテープが並んでいる。


 一本ずつに名前が書かれていた。


『私の声を渡します』


『足りません』


『私の命も』


『まだ足りません』


『何が必要なの』


 赤い傘の女が、幼い透真を指差す。


『この子自身に、選ばせてください』


 小夜子が振り返る。


『透真』


 幼い透真は泣いていた。


『お母さんと一緒にここに残る?』


『それとも、一人で帰る?』


 幼い透真は、母へ手を伸ばす。


「お母さんも一緒」


『二人では帰れないの』


「嫌だ」


『一人だけ』


「嫌だ!」


『選んで』


 母の声が震える。


 幼い透真は、火と煙の中で叫んだ。


「お母さんが残って!」


 小夜子が目を閉じる。


 赤い傘の女が笑った。


『選択を確認しました』


 透真の胸から、何かが引き抜かれる。


 白い光。


 代わりに、小夜子の胸へ黒い穴が開く。


 母が倒れる。


 幼い透真は泣きながら、母の手を握った。


「お母さん」


 小夜子は微笑む。


『生きて』


 その言葉を最後に、母の目が閉じた。


     ◇


「音無くん!」


 音が戻った。


 澪が透真の肩を揺さぶっている。


 透真は立っていられず、床へ膝をついた。


「僕が選んだ」


「何を?」


「母さんを残した」


「四歳だったんでしょう?」


「僕が、母さんを」


「違う!」


 澪が強い声で遮った。


「四歳の子どもに選ばせたほうが悪い!」


「でも」


「それを選択とは言わない!」


 未来の透真が笑う。


『それでも、言葉は残る』


 放送卓の時計が跳ねる。


 午後十一時五十九分。


 秒針が動き始めた。


 あと十四分。


『今度も選んで』


 未来の透真が二枚の札を並べる。


 澪。


 透真。


『どちらが残る?』


「僕です」


 透真は立ち上がった。


 澪が振り返る。


「何を言ってるの」


「僕が死にます」


「駄目」


「僕は一度、戻してもらった命です」


「だから何?」


「本来なら十三年前に終わっていた」


「今は生きてる!」


「澪さんには、これからがあります」


「音無くんにもある!」


「僕が始めたことで、あなたが巻き込まれた」


「私が踏切へ行ったのは、自分の意思!」


「それでも」


「自分を選んだら怒るよ」


 澪は透真の胸倉を掴んだ。


「優しければ、自分を捨ててもいいと思ってる?」


「思っていません」


「思ってる!」


 澪の目に涙が浮かぶ。


「死者の言葉は届けるのに、生きている人の言葉は聞かないの?」


 透真は何も言えなかった。


「私は、音無くんに死んでほしくない」


 その言葉は、どんな怪異の声よりも鮮明に聞こえた。


「聞こえた?」


「はい」


「じゃあ、勝手に死なないで」


 未来の澪が不快そうに顔を歪める。


『つまらない』


「あなたも澪さんなら、今の言葉が分かるはずです」


『私は死んだ澪』


「まだ死んでいません」


『もうすぐ死ぬ』


「なら、あなたはまだ完成していない」


 透真は二枚の札を手に取った。


「僕たちの未来ではありません」


『選ばないと全員死ぬ』


「そのルールを拒否します」


『拒否できない』


「先ほど、選択が一つ変わりました」


 篠崎の札から黒い染みが消えた。


「死者の本当の言葉が届けば、決められた死は変えられる」


 透真は澪の札を破いた。


 びり。


 放送室が大きく揺れる。


『やめなさい』


 未来の澪が立ち上がる。


 首の黒い糸が蛇のように伸びる。


「澪さんの言葉は、今ここにあります」


 透真は自分の札も破いた。


「未来の幽霊に決めさせません!」


 二枚の札が黒い灰へ変わる。


 未来の幽霊たちの姿が崩れ始めた。


 血。


 水。


 黒い糸。


 異なる死因が混ざり、床へ流れ落ちる。


『選ばなかった』


『選ばなかった』


『ならば、放送が選びます』


 時計が午前零時十二分を示した。


 残り一分。


 施設中の機械が一斉に起動する。


 ぶうん。


 録音機が回る。


 送信機のランプが点灯する。


 屋上のアンテナへ電力が流れる。


 壁のスピーカーから、町内放送のチャイムが響いた。


 きん。


 こん。


 かん。


 こん。


 三人は動けなかった。


 放送卓の中央にあるマイクが、ゆっくり透真たちへ向きを変える。


 時計の針が重なる。


 午前零時十三分。


 町中のスピーカーがつながった。


 住宅街。


 学校。


 駅。


 病院。


 公園。


 町のあらゆる場所へ、旧放送局の音が流れていく。


『午前零時十三分になりました』


 呼名女の声。


『明日、こちらへ来る方のお名前をお知らせします』


 透真は澪の手を握った。


「返事をしないでください」


「うん」


 澪が握り返す。


 篠崎は二人の前へ立った。


『一人目』


 スピーカーから、澪の声が流れる。


『早坂澪さん』


 澪の肩が震える。


 それでも返事をしない。


『二人目』


 篠崎の名前ではなかった。


『音無透真さん』


 透真の喉が締まる。


『三人目』


 三人は顔を上げた。


 ほかにも誰かが呼ばれる。


『音無小夜子さん』


 透真の呼吸が止まった。


「母さんは、もう死んでいます」


 呼名女が笑う。


『いいえ』


 旧放送局の一番奥。


 閉ざされていた鉄の扉が開く。


 その向こうに、小夜子が立っていた。


 十三年前と同じ姿。


 白いワンピース。


 黒い髪。


 胸には、透真と同じ形の穴が開いている。


『音無小夜子さんは』


 母がゆっくり顔を上げる。


『まだ、死に終わっておりません』


 小夜子の口が動く。


 だが、声は呼名女から流れた。


『透真』


 母の目から黒い涙が落ちる。


『今度は、お母さんを選んで』

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


未来の幽霊が提示した「誰か一人を選ぶ」というルールを、透真たちは拒否しました。


しかし、午前零時十三分の本放送は、澪と透真だけでなく、十三年前に亡くなったはずの小夜子まで呼び出します。


小夜子は死者なのか。


生者なのか。


それとも、死に終わることのできない別の存在なのか。


第10話「明日死ぬ人」では、澪の死を回避するための一日が始まります。


ところが、放送が予告した「明日」は、三人が考えている明日とは異なっていました。

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