↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者同士の会話は、聞いてはいけない ―午前零時十三分の町内放送―  作者: たむ
第一部 死者からの伝言

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/30

第8話 生きている幽霊

未来の幽霊が語るのは、必ず起こる未来とは限りません。


選ばれなかった死。


回避された事故。


誰かが強く想像した最期。


死の可能性が増えるほど、生きている人の背後には多くの幽霊が立ち始めます。

 三人の未来の幽霊が、窓ガラスの向こうから笑っていた。


 血に濡れた篠崎。


 首に黒い糸を巻かれた澪。


 そして、胸元に大きな穴が開いた透真。


『明日の午前零時十三分』


 三人が同時に口を開く。


『全員、死ぬよ』


 透真は窓から一歩離れた。


「嫌です」


 未来の透真が首を傾ける。


『何が?』


「死ぬのがです」


『一度死んだのに?』


「一度目の記憶がないので、経験者として扱わないでください」


 未来の透真が笑う。


 その笑い声は、窓ガラスを爪で引っかく音に変わった。


 きい。


 きい。


 きい。


 澪は窓を見つめていた。


 彼女には未来の幽霊たちが見えていない。


「三人いるの?」


「はい」


「私と、音無くんと、先生?」


「そうです」


「どんな姿?」


 透真は答えに迷った。


 死後の姿を本人へ詳しく伝えるべきではない。


 未来の幽霊との会話が死に方を具体化するなら、言葉にすること自体が危険だ。


「詳しくは言いません」


「私の首に何かあるんでしょう?」


「あります」


「先生は?」


「血に濡れています」


「音無くんは?」


「胸に穴が」


 未来の透真が、穴の開いた胸元へ指を入れた。


 内部には心臓がない。


『ここにあったもの、返したんだ』


「誰にですか」


『君を生き返らせた人に』


 透真は母の顔を思い浮かべた。


 音無小夜子。


 死者の席で出会った母は、透真へ「座らないで」と言った。


 息子の命を取り戻そうとしているようには見えなかった。


「僕の母ですか」


 未来の透真は答えない。


 代わりに、未来の澪が口を開いた。


『違うよ』


「何が違うんですか」


『その人は、お母さんじゃない』


 透真の背中に冷たい汗が流れる。


「さっき、母さん本人と話しました」


『そう思わせてもらっただけ』


「呼名女が見せた幻だと?」


『呼名女じゃない』


 未来の澪は、首の黒い糸を指で弾いた。


 びん。


 細い弦のような音が鳴る。


『もっと古いもの』


「何者ですか」


『聞いたら、今夜死ぬよ』


「聞かなくても明日死ぬと言われています」


『今夜と明日は違う』


「死ぬことに変わりはありません」


『怖がりなのに、変なところで強いね』


「強くありません。困っているだけです」


 未来の篠崎が窓へ手をついた。


 赤い手形が広がる。


『そいつらの話を聞くな』


 低い声。


 篠崎本人と同じ声だった。


「先生の未来の幽霊も話しました」


 透真が伝えると、篠崎は窓を睨んだ。


「何と言った」


「僕たちの話を聞くなと」


「正しい」


『先生の話も聞くな』


 未来の澪が言う。


「澪さんの未来の幽霊は、先生の話も聞くなと言っています」


「だったら誰を信用すればいいの?」


 澪が困ったように笑う。


 未来の透真が答えた。


『誰も』


「僕の未来の幽霊は、誰も信用するなと」


「自分自身も?」


 澪が尋ねる。


 透真が未来の自分を見る。


「僕も信用してはいけないんですか」


『特に僕を信用しないほうがいい』


「どうして?」


『僕は君に死んでほしいから』


 透真の喉が締まった。


「未来の僕が、今の僕に死んでほしい?」


『君が死なないと、僕は生まれない』


 当たり前のように聞こえる。


 だが、その言葉には奇妙な執着があった。


 未来の幽霊は、単なる予知ではない。


 自分が現実になるため、生者を死へ導こうとしている。


「あなたたちは、僕たちの死を防ぎたいわけではないんですね」


 三人の未来の幽霊が同時に笑う。


『生まれたい』


『声がほしい』


『体がほしい』


『死んだ瞬間を、本物にしてほしい』


 窓ガラスが内側から曇り始めた。


 白い曇りの中に、いくつもの文字が浮かぶ。


 絞殺。


 溺死。


 焼死。


 転落死。


 失血死。


 病死。


 事故死。


 死因が次々と書き加えられていく。


「多すぎませんか」


『まだ決まってないから』


 未来の澪が言った。


『私たちは候補だよ』


「候補?」


『呼名女が名前を呼ぶと、その人が死ぬ可能性が形になる』


 未来の篠崎が、血に濡れた顔を上げる。


『可能性は一つじゃない』


『殺されるかもしれない』


『事故に遭うかもしれない』


『自分で死ぬかもしれない』


『誰かの代わりに死ぬかもしれない』


 三人の声が重なる。


『選ばれた死だけが、本物の幽霊になる』


 透真はようやく理解した。


 未来の幽霊が見えるから、死が決まっているのではない。


 死の候補を見せられることで、生者が恐怖し、行動を変え、いずれかの死へ追い込まれていく。


「呼名女は、死を予告しているんじゃない」


 透真は呟いた。


「死ぬ可能性を増やしている」


 篠崎が頷く。


「予告を聞いた人間は、普段と違う行動を取る」


 家から出なくなる。


 誰かと一緒にいようとする。


 危険だと思った場所を避ける。


 反対に、原因を調べようとして危険へ近づく。


「何を選んでも、別の死因が待っている」


「逃げ道を狭めていくんですね」


「ああ」


 澪は腕を組んだ。


「じゃあ、普通に過ごすのが一番?」


「それも難しいです」


 透真は未来の澪を見る。


 首の黒い糸。


 音を最後まで聞くことで死ぬ。


 何もしなければ、午前零時十三分の放送を聞かされる可能性が高い。


「少なくとも、町内放送が聞こえる場所にはいられません」


「スピーカーから離れればいい?」


「携帯電話にも届きます」


「耳栓は?」


「死者の声は、耳を塞いでも聞こえます」


「音無くんは大変だね」


「今それを実感しましたか」


「少し前から思ってたよ」


 未来の篠崎が、窓ガラスを強く叩いた。


 ばん。


 三人が振り向く。


『旧放送局へ行くな』


 その声は透真にしか聞こえない。


「先生の未来の幽霊は、旧放送局へ行くなと言っています」


「なら、行くべきだ」


 篠崎が即答した。


「自分の幽霊を信用しないんですか」


「俺なら、過去の自分を遠ざけるときは、そこに知られたくないものがあるからだ」


 未来の篠崎の顔が歪む。


『違う』


「違うそうです」


「何が違う」


 透真が尋ねる。


 未来の篠崎は、自分の胸元を開いた。


 制服の下に、無数の小さな口がついている。


 すべてが違う声で話し始めた。


『放送局へ行けば』


『先生は思い出す』


『自分が何をしたのか』


『誰の声を消したのか』


『どうして水上美月を殴ったのか』


 透真は篠崎を見る。


「先生」


「何だ」


「美月さんを殴った理由は、町内放送と関係がありますか」


 篠崎の表情が硬くなる。


「今は関係ない」


「未来の先生は、放送局へ行けば思い出すと言っています」


「未来の俺ではない」


「可能性の一つでも、先生の記憶を持っています」


「死者は、生者が忘れたことまで勝手に物語へ変える」


「本当に忘れているんですか」


 篠崎は答えなかった。


 水上美月を殴った。


 放送室から逃げた彼女は、交通事故で死亡した。


 篠崎には、その責任がある。


 だが、美月本人は妹への伝言を優先し、篠崎を直接告発しようとはしなかった。


 美月は何を見たのか。


 篠崎は何を止めようとしたのか。


 まだ隠された音がある。


 澪が扉の横に置かれていた時計を見る。


「今、何時?」


 午後六時十三分。


 午前零時十三分まで、あと六時間。


「旧放送局はここから近いんですか」


「車で二十分ほどだ」


「先生、車で来てますよね」


「乗せていく」


 透真は教室の窓を見る。


 三人の未来の幽霊は消えていない。


 それどころか、数が増えていた。


 窓ガラスの端。


 焼け焦げた透真。


 水に膨れた澪。


 首の折れた篠崎。


 違う死因を持つ三人が、さらに一組現れている。


「急いだほうがいいです」


「どうして?」


「未来の幽霊が増えています」


 澪の表情が引きつる。


「何人?」


「今は六人」


「これからもっと増える?」


『増えるよ』


 焼け焦げた未来の透真が答えた。


『恐怖を感じるたび』


 水に濡れた澪が続ける。


『死を想像するたび』


 首の折れた篠崎が笑う。


『私たちは生まれる』


「僕たちが死に方を想像すると、未来の幽霊が増えるようです」


「じゃあ、考えなければいいんだ」


 澪が言った。


「そんなことできますか」


「楽しいことを考える」


「今から怪異の中心へ向かうのに?」


「音無くん、好きな食べ物は?」


「急ですね」


「死に方を考えるよりいいでしょう」


「カレーです」


「普通だね」


「好きな食べ物に独創性を求めないでください」


「先生は?」


 篠崎は扉を開けながら答える。


「蕎麦」


「先生も普通」


「早坂、緊張感を持て」


「緊張すると未来の幽霊が増えるんですよね?」


 篠崎が黙る。


 澪は少しだけ笑った。


「じゃあ、車の中では好きな食べ物の話をしよう」


「現実逃避です」


「現実に集中しすぎると死ぬなら、逃避も作戦だよ」


 透真は否定できなかった。


     ◇


 篠崎の車は、学校の職員用駐車場に停められていた。


 三人が乗り込む。


 篠崎がエンジンをかける。


 ラジオから音楽が流れた。


 明るい女性歌手の声。


 透真は少し安心した。


 生きている人間の歌。


 録音された普通の音。


 しかし、車が校門を出たところで、歌詞が変わった。


『早坂澪さん』


 透真はラジオを見る。


 歌手の声のまま、澪の名前が歌われている。


『午前零時十三分』


 篠崎がラジオを切った。


 音楽は止まらない。


『お迎えに参ります』


「電源を切ったのに」


 澪が身を固くする。


 篠崎はラジオの音量を下げる。


 変わらない。


「窓を開けろ」


 三人が窓を開けた。


 外から町の音が入ってくる。


 車。


 自転車のベル。


 犬の鳴き声。


 だが、それらすべてが同じ言葉へ変わっていく。


 車のクラクション。


『早坂澪』


 自転車のベル。


『午前零時十三分』


 犬の鳴き声。


『お迎えに参ります』


「町中の音を使ってる……」


 透真は耳を塞ぐ。


 意味はない。


 言葉は頭の中へ直接入ってくる。


 澪も聞こえているらしく、両耳を押さえていた。


「私にも聞こえる」


「呼ばれた人には聞こえるようです」


「どうすれば止まるの?」


「返事をしないでください」


「返事?」


「名前を呼ばれても、絶対に」


 その瞬間、後部座席の下から幼い声がした。


『澪ちゃん』


 澪がびくりと体を震わせる。


 足元に、小さな女の子が座っていた。


 髪は濡れ、両手で赤いボールを抱えている。


 透真には見える。


「下を見ないでください」


「いるの?」


「はい」


『澪ちゃん』


 少女がもう一度呼ぶ。


 澪は唇を強く閉じた。


『一緒に遊ぼう』


 赤いボールを床へ落とす。


 とん。


 ボールが一度跳ねる。


『返事をして』


 とん。


『返事をして』


 とん。


 三回目。


 ボールが澪の膝へ乗った。


 澪の口が勝手に開きかける。


 透真は手で塞いだ。


「言わないで」


 澪が必死に頷く。


 少女は笑顔のまま、首を傾けた。


『どうして返事をしないの』


「あなたは誰ですか」


 透真が尋ねる。


『澪ちゃんの未来』


「澪さんは子どもの姿では死にません」


『未来は前だけじゃないよ』


「どういう意味ですか」


『死んだときに戻る場所も、未来』


 少女の顔が崩れる。


 皮膚の下から、大人の澪の顔が現れる。


 さらにその下から、老婆になった澪。


 年齢の違う澪が何層にも重なっている。


『澪ちゃんは、どの年齢で死んでも私になる』


「未来の幽霊は、死ぬ瞬間の姿だけではない……」


『死んだ可能性全部』


 少女が赤いボールを抱え直す。


『生まれなかった澪ちゃん』


『大人になれなかった澪ちゃん』


『年を取れなかった澪ちゃん』


『みんな死者の側にいる』


 透真はぞっとした。


 呼名女が生み出しているのは、明日死ぬ可能性だけではない。


 澪が失うかもしれない、すべての未来。


 生き続ければ存在したはずの人生を、幽霊として先に見せている。


 だから、絶望させることができる。


 どれほど多くの未来が失われるかを、生者へ突きつける。


「見ないでください」


 透真は澪の目を手で覆った。


「何がいるの?」


「あなたが生きたかもしれない姿です」


「見たらどうなる?」


「生きることが怖くなるかもしれません」


 少女の幽霊が笑う。


『死ぬほうが楽だと思うよ』


「黙ってください」


『未来はたくさんある』


「澪さんへ話しかけないで」


『選ぶのは一つだけ』


「聞きません」


『一番楽な死を選ばせてあげる』


 透真は少女へ手を伸ばした。


 幽霊の肩を掴む。


 冷たい。


 しかし、はっきり触れられる。


「澪さんの未来は、あなたたちのものではありません」


 少女の笑顔が消える。


「生きている本人のものです」


『生きている人は、いつも未来を捨てるよ』


「それでも、自分で選ぶ権利があります」


『君も?』


「僕もです」


『君の未来は、十三年前に終わったのに』


 透真の手から力が抜けた。


 少女はその隙に、座席の下へ溶けるように消えた。


 赤いボールだけが残る。


 澪の膝から床へ落ちる。


 とん。


 一度。


 とん。


 二度。


 透真は三度目に跳ねる前に、ボールを掴んだ。


 手の中で黒い水へ変わる。


「大丈夫?」


 澪が尋ねる。


「はい」


「今、何を言われたの?」


「僕の未来は十三年前に終わったと」


 澪は少し黙った。


「それでも、今ここにいるよ」


「そうですね」


「だったら、終わってない」


 単純な言葉だった。


 だが、透真の胸に残った。


 過去に一度死んだとしても。


 誰かの力で戻された命だとしても。


 今ここで恐怖を感じ、誰かを助けたいと願っている。


 それは、生きているということではないのか。


「ありがとうございます」


「何が?」


「未来の話です」


「カレーを食べる未来くらいはあるよ」


「もう少し大きな未来を想像してください」


「じゃあ、二人でカレーを食べる未来」


 透真は返事に困った。


 運転席の篠崎が咳払いをする。


「着くぞ」


     ◇


 町外れの山道。


 木々に囲まれた場所に、旧町内放送局はあった。


 錆びた金網。


 傾いた門。


 草に埋もれた二階建ての建物。


 壁は火災で黒く焼け、窓ガラスの多くが割れている。


 屋上には大きな送信アンテナが立っていた。


 十三年前に廃止された施設。


 それなのに、アンテナの赤い警告灯が点滅している。


 点灯。


 消灯。


 点灯。


 一定の間隔ではない。


「何かの合図ですか」


 透真が見上げる。


 未来の澪が、車の窓に映って答えた。


『数えてる』


「何を?」


『私たちが到着するまでの秒数』


 警告灯が光る。


『十』


 消える。


 再び光る。


『九』


「数え始めています」


 篠崎が車を降りる。


「門を越えるぞ」


「待ってください。零まで数えたら何が起こるんですか」


『扉が開く』


「扉?」


『死者の放送室』


 透真が伝えると、篠崎の顔が強張った。


「そんな場所はない」


『先生は入ったことがあるよ』


「未来の澪さんは、先生が入ったことがあると言っています」


「ない」


『そこで水上美月の声を聞いた』


「先生」


「黙れ」


『そこで音無小夜子を見た』


 透真の胸が跳ねる。


「母さんを?」


 篠崎が透真の肩を掴んだ。


「今聞いたことを忘れろ」


「無理です」


「そいつは、お前を中へ入れようとしている」


「先生は母を見たんですか」


「見ていない」


「嘘です」


「音無!」


 警告灯が光る。


『五』


 建物の中から、古い機械が起動する音が聞こえた。


 ぶうん。


 配線。


 送信機。


 録音装置。


 十三年間停止していたはずの設備へ、電気が流れ始める。


『四』


 建物の正面玄関に赤い光が灯る。


『三』


 鍵のかかった扉が、内側から三回叩かれた。


 こん。


『二』


 こん。


『一』


 こん。


 扉がゆっくり開く。


 暗い廊下。


 焼け焦げた壁。


 床には、水に濡れた足跡が奥へ続いている。


 天井のスピーカーから、女性の声が流れた。


『お待ちしておりました』


 呼名女ではない。


 透真が幼い頃、毎晩聞いていた声。


 母の声だった。


『透真』


 澪が透真を見る。


「知っている声?」


 透真は頷いた。


「母です」


 篠崎が透真の前へ立つ。


「入るな」


「母さんがいます」


「いない」


「声が聞こえます」


「声だけだ!」


 篠崎が叫ぶ。


「ここにいるものは、声を使って人を呼ぶ!」


『篠崎先生』


 今度は美月の声が流れた。


 篠崎の体が硬直する。


『私を殴った理由を、思い出してください』


「やめろ」


『早坂澪さん』


 澪自身の声。


『あなたが死にたいと思った日のことを、思い出してください』


 澪の顔色が変わる。


「私が……?」


『音無透真さん』


 最後に、透真自身の声。


『四歳のあなたが最後に叫んだ言葉を、思い出してください』


 透真の頭に炎の映像が浮かぶ。


 煙。


 赤い傘。


 放送卓。


 母の背中。


 そして、幼い自分の声。


 ――お母さん、その人の声を聞かないで。


 記憶が一瞬で消える。


 透真は玄関へ足を踏み入れた。


「音無!」


 篠崎が止める。


 しかし、透真は振り返らなかった。


「僕たちの忘れたことが、この中にあります」


「思い出してはいけないこともある!」


「忘れたままでは、澪さんを助けられません」


 澪が透真の隣へ並ぶ。


「私も行く」


「怖くないんですか」


「怖いよ」


「なら」


「怖がりでも行く人がいるから」


 澪は少し笑った。


「私も真似してみる」


 篠崎は二人の背中を見つめていた。


 やがて、低く息を吐く。


「勝手に進むな」


 三人は旧町内放送局へ入った。


 直後、背後の扉が閉まる。


 がちゃん。


 外の音が完全に消えた。


 虫。


 風。


 木々の揺れる音。


 何も聞こえない。


 無音。


 透真にとって、それは大きな音よりも恐ろしかった。


「静かすぎます」


 自分の声さえ、壁に吸い込まれる。


 廊下の先に赤いランプが点灯した。


 放送中。


 誰もいないはずの部屋から、三人分の会話が聞こえる。


『最初に死ぬのは、早坂澪』


『違う。篠崎修司だ』


『二人とも違う』


 三つ目は、透真自身の声だった。


『最初に死ぬのは、音無透真』


 透真たちは廊下の奥を見る。


 半開きの扉。


 その向こうに、三人の未来の幽霊が座っていた。


 放送卓の前。


 マイクへ向かって、死ぬ順番を話し合っている。


『誰から殺す?』


 未来の澪が笑う。


『本人たちに決めてもらおうよ』


 三人が同時に振り返った。


『ようこそ』


 放送中の赤いランプが点滅する。


『生きている私たち』

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


未来の幽霊は、確定した未来ではありませんでした。


呼名女によって形を与えられた無数の死の可能性であり、自分が本物になるため、生者を死へ誘導する存在です。


旧町内放送局へ入った透真、澪、篠崎。


そこでは三人の未来の幽霊が、誰を最初に殺すか話し合っていました。


第9話「午前零時十三分」では、生者と未来の死者による会話が始まります。


三人のうち誰か一人が死ねば、残る二人は助かる。


そう告げられたとき、透真は自分を差し出そうとします。


しかし、未来の澪が選ぶ最初の犠牲者は、透真ではありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。