旅の拾い唄 第六章 マハルーナと王都の唄
都の唄は移り変わりが早い。市で流行った節が、半年たてばもう古い。ただし子供の唄だけは別で、手まり唄や輪唄は、親の親の代から文句が動かない。大人の唄は流行を追いかけ、子供の唄は決まりを守る。都で古いものを探すなら、石畳を掘るより、子供の輪に耳を寄せるほうが早い。
二十三「白い馬の輪唄」
拾った土地と年 マハルーナの門前町 王国歴1613年 花冠の月
場 輪遊び唄。馬役の子が輪の真ん中で目をつぶり、まわりが手をつないで回る。
しろいおうまは だれをのせる
のせてほしいと わがまわる
おうまはだまって めをつぶる
まわれまわれ うたのうち
うたがやんだら ふりむいて
おうまのすきなこ せにおのせ
注。唄がやむと、馬役は目をつぶったまま後ろ手に指をさす。指された子が次の馬になる。乗せてもらった子はその日ひとつ良いことがある、と子らは信じている。白い馬の謂れを、門前町の大人は、聖女さまをお運びした馬だと言った。子らにも同じことを聞いてみたら、おうまはおうま、という返事だった。言い伝えの上に遊びが乗っているのか、遊びの上に言い伝えが乗っているのか、これはどちらとも言えない。
二十四「聖女の子守唄」
拾った土地と年 マハルーナの宿場 王国歴1613年 花冠の月
場 ねんね唄。教会の刷り物に載る文句と、寝間で実際に歌われる文句がある。並べて写す。
(刷り物の文句)
ねむれねむれ せいじょのまもり
ひかりのつばさ まくらべに
よるのやみには いのりのともし
あさのかねまで ねむれよや
(寝間の文句)
ねむれねむれ かあさんのむね
ひかりはとおい うではちかい
よるはおふとん あさまでぬくい
かねがなっても まだねてろ
注。宿場の乳母は、人前では刷り物のとおりに歌い、寝間では変え文句で歌う。使い分けを悪びれる様子はなく、どちらも同じ唄だと言う。節が同じだからだそうだ。子守唄は文句より節が本体だという証しに、これほど分かりやすいものはない。仕舞いの、かねがなってもまだねてろ、の一句を朝の鐘を撞く側がどう思うのかは、尋ねずにおいた。旅の者が首を突っ込んでよい境目と、よくない境目がある。
二十五「しろいとうのふくろう」
拾った土地と年 王都の裏通り 王国歴1624年 白霜の月
場 手まり唄。まりを撞きながら歌い、歌い終わりでまりを股の下にくぐらせる。
しろいとうの ふくろうは
よるもねないで ちょうをつけ
だれがとんだか はねたのか
はねたすずめも かきつける
すずめかぞえて よがあけて
ふくろうねむって すずめとぶ
注。白い塔がどの建物のことか、王都で知らない者はいない。それでいて、この唄について大人に尋ねると、皆きれいに話をそらす。歌っている子らはと言えば、ふくろうが何の見立てかなど考えてもおらず、まりの拍で歌っているだけである。よく出来た唄だと思う。仕舞いの二句で、帳を付ける側が眠り、数えられる側が飛ぶ。言いたいことのある文句ほど、遊びの顔をして長生きするものらしい。書き取りながら、これを手控えに残すことの当否を少し考え、残すことにした。唄のせいにしておく。
二十六「学府の落第唄」
拾った土地と年 王都の学府近くの酒場 王国歴1624年 芽吹きの月
場 学府の及落が貼り出される晩、落ちた学生だけが歌ってよい。受かった者が歌うと酒を奢る決まり。
らくだいらくだい またらくだい
せんせいのひげは しろくなる
おれのあたまは まだあおい
あおいあたまに はるがくる
はるがきたなら またうける
うかるころには ひげがはえる
注。貼り出しの晩の酒場は、落ちた者の唄でいちばん景気が良い。受かった者は隅で静かに飲んでいる。妙な晩である。教師も若い時分に歌ったのかと、居合わせた学府の老教師に水を向けたら、返事の代わりに一節うなってみせた。堂に入った節回しだった。この唄は、落ちた晩の悔しさを笑いに変える器で、器の使い方は代々の落第生が受け継いでいく。受かってしまえば歌えなくなるのだから、上手くなったころに卒業する仕組みである。




