旅の拾い唄 第五章 東方の唄
東では、唄は日が落ちてから増える。昼の畑にも唄はあるのだが、数で言えば、帰り道の唄、夜なべの唄、寝しなの唄と、夕暮れから枕までのあいだに立て続けに並ぶ。はじめは不思議だったが、ひと冬を過ごして得心した。東の夜が長いわけではない。夜の扱いが、ほかの土地よりやわらかいのだ。
十九「よるのにいさん」
拾った土地と年 東方ハルレンの村 王国歴1598年 実りの月(結句は1620年、峠向こうのエナの里)
場 子らの輪遊び唄。手をつないで回りながら歌い、節の切れるところで一斉にしゃがむ。
よるのにいさん くらいのをのんで
みんなのかわりに くろくなった
わるいわるいと ゆびさされ
(ここで節が切れて、皆がしゃがむ)
……いちばん やさしいこ だったのに
注。ハルレンでは、唄は節切れで終わる。しゃがんで、立って、また初めから回る。にいさんが誰なのかと子らに訊くと、よるのにいさん、とそのまま返ってくる。それ以上は誰も足さない。大人はこの唄をあまり歌いたがらず、悪い唄ではないのだが、と言葉を濁した。仕舞いの一句は、二十年余りのちに拾った。峠を一つ越えたエナの里で、糸を紡ぎながら、婆さまが仕舞いまで歌った。若い時分は皆こう歌った、いつからか途中で切るのがならいになった、と婆さまは言う。どちらが古い形なのか、私には決めようがない。ただ、結句を知ってからは、節切れの間がちがって聞こえる。しゃがんだ子らが立ち上がるまでの短い静けさが、唄の続きのために空けてあるように思えてならない。
二十「夕暮れの帰り唄」
拾った土地と年 東方ミオの村 王国歴1612年 青葉の月
場 日暮れどき、家の前に出た親たちが子を呼ぶ。呼ばれた子は、歌い返してから帰る。
(親)ひがくれる ひがくれる
からすもねぐらへ こもかえれ
(子)まだあそぶ まだあそぶ
いちばんぼしまで まだあそぶ
(親)よるはこわくない でもさむい
なべがさめるぞ はやくこい
(子)なべとよばれちゃ しかたない
注。よその土地の帰り唄は、たいてい夜で子を脅す。暗くなると何かが来る、早く帰れ、という作りである。東は脅さない。夜はこわくない、でもさむい。ミオの年寄りに訳を尋ねると、夜をおどしに使うと夜がへそを曲げる、と言われた。何の言い伝えなのかは、当人も知らなかった。子らは決まって一番星のぶんだけ粘り、鍋に負けて帰っていく。毎晩、同じ負け方をする。
二十一「麻打ちの唄」
拾った土地と年 東方タカの村 王国歴1606年 刈入れの月
場 刈った麻の茎を木槌で打って柔らかくする夜なべ。二人が向かい合い、槌を交互に落とす。
うてよやわらぐ あさのみき
かたいままでは いとにならぬ
とんとことん とことんとん
むかいのつちと けんかはするな
つちとつちとの あいだをねらえ
ことしのあさが ふゆのぬの
注。槌は二本で交互に落ちる。拍が乱れると槌と槌がぶつかって、麻より先に柄が傷む。年季の入った二人は唄なしでも打てるので、唄が出るのは新入りの混ざる晩と決まっている。つまりこれは、仕事の唄の顔をした教えの唄である。けんかはするな、の一句を、打ち手の夫婦が笑いながら歌っていたのが良かった。文句の上では、あくまで槌の話である。
二十二「星数え唄」
拾った土地と年 東方ハルレンの村 王国歴1598年 白霜の月
場 寝しなの数え唄。寝床の子が星を数え、眠るまで親が付き合う。
ほしがひとつ ねむれないこに
ほしがふたつ ねむったこに
みっつよっつ かぞえるあいだ
いつつむっつ まぶたがおもい
ななつやっつ ゆめのとぐち
のこりのほしは よるがかぞえる
注。締めの文句がいい。数え切れない残りを夜が引き受けてくれるのだから、子は安心して途中で眠れる。北のねんね唄は少し怖い文句で子を家の内へ囲い込むのに、東の唄は夜に子守を頼む。同じ寝かしつけでも、夜の扱いがまるで違う。なぜ東だけ夜がこうも人なつこいのか、土地の者に訊いても、考えたこともないという顔をされるばかりだった。ここでは当たり前のことらしい。当たり前ほど、よそ者にしか見えないものはない。




