旅の拾い唄 第四章 湖と浦の唄
湖と浦の唄は、拍を人が決めない。網は波の引く刻に引くしかなく、櫂は流れの速さに合わせるしかない。だから水辺の唄は、同じ文句でも日によって伸び縮みする。書き取るには厄介な土地だが、聞くぶんには、ここの唄がいちばん飽きない。
十四「網引きの唄」
拾った土地と年 ウルの湖ナムの村 王国歴1605年 実りの月
場 岸から大網を村総出で引き上げる。右と左の二手に分かれ、交互に引く。
(右)よいと ひけば
(左)よいと よる
(右)あみのおもさは
(左)さかなのおもさ
(皆)おもいがうれしい よいとこしょ
(右)ひきあげたなら
(左)わけまえは
(皆)ひいたてのかず よいとこしょ
注。分け前は引いた手の数で割る。網を引けば、子供にも年寄りにも一人前が来る。だから網引きの日は浜じゅうが出てきて、列がやたらと長い。引き手が多いほど網は軽く、分け前は薄くなる道理だが、それを損だと言う者はいなかった。魚は減っても、祭りのようなにぎやかさが増えるからだそうだ。
十五「舟おろしの唄」
拾った土地と年 西の海沿いムーラの浜 王国歴1618年 花冠の月
場 新しい舟を初めて海に下ろす日。浜に村じゅうが集まり、舟に名を付けて歌う。
あたらしいふねに なまえをつけろ
なまえのないふねは うみがまよう
さかずきのさけを へさきにひとくち
うみのみずも ともにひとくち
きょうからおまえは うみのこだ
かえるみなとを わすれるな
注。酒と海の水を、舳先に一口ずつ掛けてやる。陸の子と海の子、両方にするためだという。仕上げに船大工が、自分の道具箱から釘を一本抜いて舳先の裏に打つ。あれは何かと訊いたら、大工は、忘れ物だ、とだけ言って笑った。名のない舟は海が迷う、という一句の意味は、誰に訊いてもはっきりしない。海が迷うのか、舟が迷うのか、文句の上では海のほうである。
十六「浜の天気唄」
拾った土地と年 ケレの浦 王国歴1621年 実りの月
場 浜の子らが天気の見方を覚える唄。年寄りが一句ずつ教え、子が続きを歌う。
あさやけこわい ゆうやけうれしい
やまにかさぐも あみほしておけ
うみねこさわげば かぜがくる
くらげがあがれば なぎつづき
じいさまのひざが なるゆうべ
あすのふなだし やめておけ
注。当たるのかと訊いたら、外れた日のことは誰も覚えていない、と年寄りに笑われた。それでも、唄に従って舟を出さなかった日に時化が来るたび、唄はまたひとつ強くなる。天気唄は、当たった数だけ長生きする。仕舞いの二句だけは笑い話の顔をしているが、膝の鳴る爺さまを持つ家は、実際あまり時化に遭わないのだそうだ。
十七「帰り舟の唄」
拾った土地と年 西の海沿いタルの浜 王国歴1614年 刈入れの月
場 日暮れどき、沖から舟の帰るのを、浜で待つ者たちが歌う。
おきのしらほは うちのひとか
ゆうひをせなかに こいでくる
なべではさかなの しるがにえ
こどもははまで とびはねる
はやくおかえり ひがくれる
うみのおとこは いえがみなと
注。歌うのは浜で待つ側で、舟の側は歌わない。漕ぐのに忙しいからだ。それでも聞こえている、と船頭たちは口を揃える。沖で聞く浜の唄ほど櫂の進むものはない、と。文句は家々で少しずつ違い、鍋の中身が汁だったり焼き魚だったりする。その晩の夕飯を本当に歌い込む家もあって、遠くの舟に献立が届く。
十八「舟漕ぎの掛け声」
拾った土地と年 ウルの湖から下る川筋 王国歴1608年 刈入れの月
場 荷舟の漕ぎ手が、漕ぎに合わせて歌う。流れの速さで節が伸び縮みする。
くだりはうたうな ながれにまかせ
のぼりでうたえ こえのぶん
よいさ ほいさ よいさ ほいさ
かわがはやけりゃ うたもはやい
かわがゆるけりゃ ひとやすみ
むこうのふなうた きこえたら
こっちのふなうた みちをあけ
注。下りで歌わないのは息が惜しいからで、上りで歌うのは息を揃えるためである。面白いのは仕舞いの二句で、狭い川筋では、先に唄の聞こえた舟が流れの良い側を取る決まりになっている。唄が道の譲り合いの合図になっている。声の大きい漕ぎ手が得をするのではないかと訊いたら、誰もまともに取り合ってくれなかった。声の大きいやつは腕も確かだ、それだけ漕いでいるからな、と。




