旅の拾い唄 第二章 西方の唄
西方は畑の国である。唄は口より先に、足と手から出る。麦を踏む足、石を運ぶ手、市場で秤を鳴らす手。だから西の唄を写すときは、文句と一緒に拍を書き留めることになる。紙に写した拍は、靴の脱げた足踏みのようなもので、心もとない。それでも、ないよりはいい。
五「麦踏みの唄」
拾った土地と年 西方ヴェンの村 王国歴1615年 芽吹きの月
場 村じゅうで列になり、麦の芽を踏んで歩く。二歩で一句。句の切れ目で、列がそろって向きを変える。
ふめふめ むぎのめ
ふまれてつよく
ふめばのびるぞ
ふまねばひょろり
となりにあわせて
ひだりからみぎへ
じいさまのむぎも
ばあさまのむぎも
ふんでかえして
はるをまつ
注。列の端で誰かが拍を外すと、全員で止まって、笑って、初めからやり直す。やり直しのたびに畑がすこしずつ踏まれていくのだから、あれは間違いも勘定に入った唄なのだと思う。麦は踏まれて強くなる、と文句は言う。本当かどうか、畑を持たない私には確かめようがない。旅の者に、畑の唄はいつも半分しか分からない。
六「嫁送りの泣き唄」
拾った土地と年 西方ドレの村 王国歴1607年 花冠の月
場 嫁が生家を出る朝、家の前に女たちが並んで歌う。この唄のあいだ、花嫁は泣いてよい。唄が終わったら泣き止んで、敷居をまたぐ決まりである。
なけなけ むすめ きょうはなけ
かどをでるまで なみだはみずよ
みずはたんぼの こやしになる
あすからながす なみだはないぞ
むこうのかまどの ひがまってる
なけなけ むすめ いまのうち
注。唄が終わると、娘は本当にぴたりと泣き止んで、敷居をまたいだ。見事なものだった。泣いてよい刻を唄が決めてくれるから、思い切り泣けるのだという。ただ、そのあとで台所の陰で泣いていたのは母親のほうで、そちらには唄がない。嫁の涙の唄はどの土地にもあるのに、母の涙の唄を、私はまだ一つも拾えていない。
七「門くぐり」
拾った土地と年 西方カルゲンの町はずれ 王国歴1596年 青葉の月
場 子供の遊び唄。二人が手をつないで門を作り、残りが列になってくぐる。唄の終わりで腕が下りて、間に挟まれた子が捕まる。
とおれ とおれ もんのした
もんのばんにん めをつぶる
つぶっているうち とおりゃんせ
さいごのひとりは とおさない
どこへいくのか いってみな
注。捕まった子は「どこへいくのか」と問われ、うまい行き先を答えれば放してもらえる。月まで、と答えた子がいた。亀の背中まで、と答えた子もいた。答えが平凡だと門と交代である。なぜ門は最後の一人だけ通さないのか、大人に訊いても子に訊いても、誰も知らなかった。遊びの決まりというものは、いつも理由より長生きする。
八「雨呼びのわらべ唄」
拾った土地と年 西方ミレの村 王国歴1622年 日盛りの月
場 日照りの続く夏、子らが涸れかけた井戸のまわりを回りながら歌う。大人の本式の祈りとは別の、子供だけの雨乞いである。
あめあめ こい
やまのむこうの くろいくも
うちのはたけに よっといで
ひとつぶふれば てをたたく
ふたつぶふれば おどってやる
みっつぶふったら かえらない
注。仕舞いの「かえらない」で、親たちが苦い顔をする。降り出しても子らがずぶ濡れで遊び続けるからである。効き目のほどは知らない。ただ、私が居合わせた日は、夕方に本当に降った。子らは約束どおり帰らず、親たちは約束どおり苦い顔で、それでも誰も、本気では叱らなかった。
九「糸繰り唄」
拾った土地と年 西方ハンネの村 王国歴1603年 聖燭の月
場 冬の夜なべ。女たちが一軒に集まり、糸車を回しながら歌う。文句は輪番で継ぎ足してよい。
まわれまわれ いとぐるま
ゆきのよながは いとのため
ほそくほそく ながくながく
むすめのゆびから はるがでる
まわれまわれ いとぐるま
ねむいめをして まわすなよ
いとがきれたら こいもきれる
注。糸が切れると恋が切れる、の一句で娘たちが急に真剣になる。年寄りはそれを承知で、わざと隣の糸車を揺らしてやる。夜なべの唄は、仕事のためというより眠気と退屈をほぐすためのもので、文句は歌い手の数だけ増える。私が居合わせた晩にも、居眠りした娘をからかう一句がその場で生まれた。書き取っておいたが、翌年寄ったときにはもう誰も覚えていなかった。唄には、一晩きりの命のものもある。




