新たな計略
新たな計略
一万年続いた縄文の世界が、紀元前6世紀、7世紀ぐらいから、大陸からの移住者が大量にいた。これが弥生化の原点である。
高い知識のある移民が日本海を越えてきたんだ。
だが、高い知識だけでは、日本は収まらなかった。
巫女を中心とした、精神的なつながりがあって、弥生化は、混血という形で大きく広がっていったと思う。
だが、歴史的な証拠は残っていないけど、明らかに、移動するグループが縄文の世界を徘徊して、弥生化との間に大きなつながりがあったはずである。
近畿圏の勢力とつながる伊勢の大巫女には、近畿圏から得られる知見のほかに、縄文の移動するグループの動きによる知見もあったはずである。
山々に阻まれた日本という地理の中で、情報はやりとりされていた。
だから関東の巫女たちにもわずかながらの近畿圏の動きなどがかすかには伝わっていたのだと思う。
そして近畿圏は、関東に広い大地があることは分かっていながら、湿原地帯である行き止まりの土地として、理解していたと思う。
三殿台の港のような所には、大型船が停泊している。
伊勢からの物資が運ばれていたからである。
たまに訪れるこの大型船に、族長は、副官乗せ、伊勢の大巫女にお願い事をすることにした。
関東の行き止まりの地に武力があり、精神的な支柱である大巫女がいることを知らせ、伊勢の巫女の卵を潜り込ませる事を願い出たのであった。
伊勢の大巫女のところには、関東の行き止まりの情報の他、近畿圏からの弥生化の圧力があった。
三殿台からの連絡は、湿地帯が大きな変化を持って陸地になってるのに弥生化がうまく進まないと、理解した。
北川辺の大巫女のことも知っていた。
近畿圏の知見が直接はいる伊勢の大巫女にとって、暮らしの違いを示す方が早いと感じていた。
伊勢の大巫女の屋敷には、巫女の卵となる娘がたくさん来ていた。
侍女とは違い、歴史や米の耕作、水利の理屈、漁業などの共闘的な仕組みなどを、学び、巫女としての霊的な訓練のための儀式のやり方などを学んでいた。
大巫女は彼女たちを見回して考えた。
《この子たちなら北川辺の大巫女に新しい力を見せられるだろ
う。しかし、どのように伝えるか、、、》
大巫女は、三殿台の望みをどのように叶えるべきかと考えていた。
すると巫女の卵の一人が発言する。
「大巫女様、この後、私は何を学べば良いでしょうか?」
「あなたは、この屋敷での、巫女の学びを終えたのですか?」
「はい、私は、学びたいのです」
大巫女は、なるほど彼女のような動機で良いのではと思った。
つまり、新たな知見を学びたい。
これだと思った。
巫女の卵の名前は《サワ》という。
彼女は近畿圏の王権の親族であった。
《サワ》は、大型船に乗って三殿台に向かった。
外海は、緩やかに大きく揺れて風が頬を伝い、爽やかだか、潮の香りが鼻を突いた。




