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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第154章:【シャルロットの勘違い】

シャルロットはアレンが去った後、ドレスの裾を激しく翻し、廊下を優雅に……ではなく、半ば猛スピードの走歩で駆け抜け、両親の待つサロンへと勢いよく飛び込んだ。


「お父様! お母様! 一体どういうことですの!? なぜあの方が我が家の回廊を歩いていらっしゃったのですか!?」


突如として息を切らし、美しい顔を真っ赤にして問い詰めてきた娘の姿に、優雅にティータイムを楽しんでいたローゼンベルク公爵(当主)夫妻は、手に持っていた高級磁器のティーカップをピタリと止め、首をかしげるばかりだった。


「……なんのことだ、シャルロット? 急に飛び込んできて『あの方』と言われても、父さんにはさっぱり分からんぞ。落ち着きなさい、公爵家の令嬢がそんなに息を乱すものではない」


「そうですとも、シャルロット。一体だれがお屋敷に入ってきたというのです? 今日の来客予定は、定期の納品業者くらいのはずですが……」


両親のあまりにも平然とした態度に、シャルロットの苛立ちは募るばかりだった。


「しらばっ切らないでくださいませ! 魔法学園の生徒会で、あのように圧倒的なお立場にいらっしゃる男の方ですわ! 門の守衛の方たちも、恐縮して恭しくお迎えしていたではありませんか!」


シャルロットの問い詰め方は、少しばかり――いや、致命的なまでに言葉が足りなかった。


彼女の中では「あの圧倒的な気品と凄まじい実力を持つ少年=学園の生徒会の頂点に立つ重要人物(生徒会長クラス、あるいはそれ以上の存在)」と完全に刷り込まれていたため、そう表現してしまったのだ。


だが、両親からすれば「学園の生徒会の重要人物」と言われても、「生徒会の役員が何か学園の公式な書類でも届けに来たのか?」程度にしか受け取れない。


――もしこの時、シャルロットが「アレン・ノア様」という決定的な固有名詞を口にしていたら、事態は劇変していただろう。


あの『世界企業バルツァーの裏に君臨する絶対者にして、自家に多大な利益をもたらす神のごとき存在・アレン』が、自ら屋敷に足を運んだなどと知れれば、公爵夫妻は驚愕のあまり泡を吹いて倒れていただろう。そして「なぜすぐに報告しない!!」「国家最高の礼を尽くして接待せねば我が家は滅ぶぞ!!」と、家中を巻き込む大騒動に発展していたはずなのだから。


しかし、運命の悪戯か、すれ違いはさらに加速する。


「まあ、生徒会の手伝いか何かの学生が用件で通ったのだろう。ここは公爵家の敷地だ、守衛たちが誰に対しても礼儀正しく対応するのは当然のことだ。あまり深く考えることではないよ」


「そうですわ、シャルロット。貴女、学園での勉強や実技で少し疲れが溜まっている知りませんわね。少し休んだほうがよろしいのではありませんか?」


「そんな……お父様もお母様も、揃って知らぬ存ぜぬを通すおつもりですのね……!」


両親の「完璧すぎるシラの切り方」に不審感を限界まで募らせたシャルロットは、それ以上追及しても無駄だと悟り、悔しそうに唇を噛みしめながらサロンを後にした。


自室に戻った彼女は、豪華な天蓋付きのベッドの上へ腰を下ろし、一人で深いため息をついた。


(お父様もお母様も、あんなに白々しく知らん顔をお決め込みになって……。ですが、考えてみれば当たり前ですわ。あの方ほどの規格外の存在との関わり……公爵家としても、正式な発表までは絶対に外部へ漏らせない『国家級の極秘事項』に決まっていますもの)


彼女の頭の中で、これまでの不自然な出来事が(盛大に間違った方向に)次々と繋がり、完璧な一本の線となっていく。


学園で見せる常識外れの魔導知識と実力。

バルツァー・ラボの最高責任者すら平伏させる絶対的な立場。

そして、我がローゼンベルク家の厳重な結界と守衛を何の手続きもなく通り抜ける権限――。


(……でも、もしお父様たちが秘密裏に画策している『裏の婚約』なのだとしたら――)


シャルロットはふと、胸の奥がじんわりと熱くなるのを覚えて、思わず手で胸元を押さえた。


(……嫌、ではありませんわ。顔も見たこともないどこかの放蕩貴族や、家格ばかりを誇る高慢な男と政略結婚させられるくらいなら……あの圧倒的な実力と洗練された気品を持ち、いざという時には身分差など一蹴して守ってくださるあの方と……だなんて……)


そこまで考えて、自分が一体何を妄想しているのかに気づいたシャルロットは、ポッと頬を真っ赤に染め、近くにあったクッションに顔を埋めた。


(……な、なにを考えているのかしら私は! まだ確定したわけではありませんのに! でも、そういうことでしたら……私も学園で、あの方に対して『相応の覚悟』を持って接しなければいけませんわね……! 決してローゼンベルクの名を汚さぬよう、あの方にふさわしいパートナーとして……!)


こうして、両親の「本当に何も知らない素の反応」と、アレンの「ただの雑用運搬(ついでに小説執筆)」という事実によって、シャルロットの脳内では『両親が密かに計画を進めている、完璧すぎる極秘の婚約者(仮)』という超大型の勘違いが完全に完成してしまったのだった。



一方その頃。


用事を済ませて無事に自分の安宿へと戻っていたアレンは、部屋の小さな窓から夕焼け空を眺めながら、お気に入りの温かいお茶を一口すすっていた。


「ふぅ……今日も平和に終わったな」


アレンは満足げに頷くと、机の上に大切に保管されている手帳を開いた。


「ローゼンベルク家への荷物の持ち込みも『ついで』で済んだし、アイテムボックスに入れて運ぶだけだったから何の労力もかからなかったな。執事さんも喜んでくれたし、これでまた一つ借りを作っておけたと思えば安いもんだ」


彼はペンを手に取り、自作の小説『小説の先の世界』の最新章の構想を書き進め始める。


「さて……今日の書き進めだが、主人公がヒロインの父親から『お前には娘を任せられん!』と誤解されて試練を与えられるシーンを書くか。……いや待てよ? 現実の父親ってのは、案外もっとドライで、娘の人間関係なんていちいち細かく把握してないものなのかもしれんな。今日のローゼンベルク公爵の館の雰囲気を見る限り、大貴族だって意外と大雑把そうだったし」


アレンは「創作におけるリアルな父親像」について一人で真剣に悩みながら、カリカリと軽快な音を立てて手帳に文字を走らせていく。


「まあいい、物語なんだから少し大げさな方が面白いだろ。さて、明日の学園の授業に備えて、今夜は早めに書いて寝るとするか」


外の世界で、二人の少女シャルロットとニーナが自分の存在を巡ってどれほど激しい勘違いとパニックを起こしているかなど、当の本人は夢にも思っていないのであった。

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