表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
164/198

第153章:【休日の日常】

今日は祝日。授業も実技演習もない、穏やかな学園の休日だった。


ニーナは一人、賑やかな城下町へと繰り出していた。特待生とはいえ実家からの仕送りは限られている。少しでも安く、質の良い食材や日用品を買い込もうと、活気あふれる露店街を歩き回っていた――その時である。


「……あ、あれって……アレン様……?」


人混みの向こうに、聞き覚えのある静かな雰囲気を纏った少年の姿があった。

見間違いようもない、生徒会の優等生にして演習場で恐ろしい『ピストル火球』を放ったあの少年――アレン・ノアだ。


ニーナは理由もわからず、反射的に近くの露店の陰にサッと身を隠した。


(な、なんで私、隠れちゃったんだろう……!? でも、なんだか迂闊に話しかけづらい雰囲気が……)


こっそりと影から覗き込むと、アレンは買い物袋を持つわけでもなく、一定の静かな足取りで街の奥へと歩いていく。その背中に漂う謎めいた気配に惹かれるように、ニーナは息を殺してそーっと後を追うことにした。


大通りの賑やかさを抜け、通りをいくつか曲がっていくと、周囲の雰囲気がガラリと変わった。高い石造りの塀が続く、重厚で静寂に包まれた貴族街の最深部だ。そして彼が立ち止まったのは――街の中でも一際重厚で、圧倒的な威厳を放つ巨大な屋敷の前だった。


(え……あそこって……)


重厚な鉄格子の門には、鉱山と剣を模した豪華な意匠の紋章。

ゼノリス王国が誇る最高峰の大貴族、ローゼンベルク公爵家の敷地である。


ニーナが陰から息をのんで見守る中、アレンは迷いなく敷地の巨大な正門へと近づいていった。当然ながら、門前には厳めしい甲冑を着込んだ公爵家の精鋭守衛たちが立ちはだかる。


(ひえっ……! 追い返されちゃう……っ! いくらアレン様でも、アポなしで公爵家に入るなんて無茶ですよ……!)


そう思ったニーナの予想は、一瞬にして打ち砕かれた。

アレンが何か二言三言声をかけると、守衛たちは驚いたように目を見開いた後、即座に姿勢を正して深く深く頭を下げたのだ。そして、何の手続きや問答もなくすんなりと門が開かれ、アレンは我が物顔でそのまま屋敷の中へと入っていってしまった。


「え……!? ええええっ――!? なんでっ!?」


ニーナは茂みの陰で頭を抱え、大パニックに陥った。


(な、なんでアレン様がシャルロット様のお家の中に!? 守衛さんたち、すごく恐縮して頭を下げてたよね!? シャルロット様、いつも『あの方は一体どこのお家の方かしら』ってすごく気にしていらっしゃったけど……実はもうご家族ぐるみで知り合いだったの!?)


パニックになったニーナの脳内で、とんでもない推測が駆け巡る。


(まさか……両家公認のお見合い相手……ううん、ひょっとして隠された秘密の婚約者様とか――!? シャルロット様、私たちに隠してそんな大人の事情が……っ!?)


勝手な妄想で顔を真っ赤にし、ガクガクと震えあがるニーナ。


――だが、実際の真相はどこまでも拍子抜けするものだった。


当のアレンはといえば、屋敷の中庭で公爵家の老執事に大きな木箱を手渡しながら、呑気に思考を巡らせていた。


(よし、バルツァーからの用事――納品関係の依頼はこれで終わりだな)


アレンからすれば、ただの「ついで」の雑務だった。バルツァー・ラボ関係の用事で近くを通りかかった際、ローゼンベルク家の執事から「ラボから届く予定の少し嵩張る貴重な調度品を、運搬のついでに届けてほしい」と頼まれ、気軽に「ついでならいいですよ」と引き受けただけなのだ。


守衛たちが頭を下げたのも、事前に執事から「本日、最高級の納入品を携えた最重要の客人がいらっしゃる」と厳重に言い含められていたからに過ぎない。


(まあ、自分の魔法の空間収納に入れて運ぶだけだったしな。品物も直接執事に手渡したし、依頼完了だ。……さて、生徒会室に戻って小説の続きでも書くか)


無事に用件を済ませ、さっさと帰ろうと屋敷の静かな回廊を歩いていたアレン。

その時――曲がり角で、休日を実家で優雅に過ごしていたシャルロット本人と鉢合わせした。


私服姿のシャルロットは、自室へ戻る途中で突然目の前に現れたアレンの姿に、完全にフリーズしていた。


「あ……」


口元を扇で覆うことすら忘れて、美しい青い目を限界まで見開いて固まる公爵令嬢。

自分の家――それも、身内しか立ち入れないプライベートな敷地内の回廊に、学園で気になって気になって夜も眠れないほどだった「謎の少年」が、まるで自分の庭であるかのように自然な顔で歩いているのだ。困惑するなという方が無理である。


(な……ななな、なぜあの方が我が家の中に……!? それも、私のお部屋のすぐ近くの廊下に……!?)


激しい動揺で思考がショートし、声すら出ないシャルロット。

対するアレンは、フリーズしている彼女に気づくと、軽く一礼して会釈だけを交わした。


(……ん? なんだ、シャルロットか。まあ本人の家だし、ここにいても何ら不思議じゃないな)


と、これまた完全に自己完結して納得し、気にした様子もなくそのまま彼女の横を素通りして玄関口へと向かっていくのだった。



アレンが立ち去った後、残された者たちは凄まじい混乱の渦の中にいた。


屋敷の廊下で「ななな、なぜあの方が私の家の中に……!? どのような権限があれば我が家の結界と守衛を通り抜けられるのですの……!?」と限界までパニックになり固まっているシャルロット。


そして、屋敷の外の茂みで「シャルロット様の婚約者様(仮)の秘密を知ってしまった……! 私、口封じに消されたりしないよね……!?」とガタガタと震え上がっているニーナ。


さらにその日の夕方、居ても立ってもいられなくなったニーナがシャルロットの屋敷を緊急訪問したことで、勘違いの連鎖は決定的となる。


「シャルロット様……! 私、見ちゃいました! アレン様がこちらの正門から堂々と入っていかれるのを……!」


「ニーナ……!? 貴女も見ましたの!? ええ、私も自室の前ですれ違いましたわ……! まったく意味が分かりませんの!」


「あの……やっぱり、シャルロット様のお家とアレン様のお家は、昔からの深いご縁が……? その、秘密の婚約とか……!」


「こ、婚約!? いえ、そのようなお話は一切伺っていませんわ! ですが……我が家のあの厳重な守衛たちが、一切の制止もせずにあの方を中に通したということは……父親である公爵様すら一目を置く『絶対的な立場』をお持ちということ……!?」


「やっぱり……! 私、アレン様がシャルロット様を陰から見守るために学園に来たんだって確信しました……!」


「ま、待ちなさいニーナ! それはどういうことですの……!?」


二人の少女の妄想と誤解は、互いの証言によって強固に補強され、もはや誰も止められない領域へと加速していく。


当のアレンが「休日にちょっと雑用を済ませて、生徒会室で静かに小説を書こうとしただけ」の行動だったとは、この時の彼女たちは知る由もなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ