第152章:悩み続けるシャル
それからというもの、私――シャルロット・ローゼンベルクは、あの少年の正体が気になって気になって仕方がない。
(一体、どこのお家の方なのかしら……?)
彼の漂わせる圧倒的な立ち振る舞いと洗練された佇まい。どう考えても、相応の家柄でなければあのような雰囲気が身につくはずがないのだ。最低でも辺境伯、あるいは我がローゼンベルク家やグランヴェル家と肩を並べるような公爵家、あるいは王家の血筋でないとおかしい。
しかし、私の頭の中にある「大貴族名鑑」のデータベースをどれだけ検索しても、彼に該当する人物が存在しないのだ。
(まさか下級貴族……? いえいえ、あり得ませんわ! ましてや平民など論外です!)
このゼノリス王国魔法学園では「身分の上下はない」という建前がある。しかし、そこは血統を誇る貴族たちの集まり。自分の身分をそれとなくアピールするための『例外的な区別』が暗黙の了解として存在していた。
それが――制服の裏地だ。
表の仕立ては全員共通の指定制服だが、実は裏地の生地や刺繍だけは自由にカスタマイズしてよい決まりになっている。そのため、家格の高い貴族たちは競って豪華絢爛なシルクや金の刺繍を施し、歩くたびにわざとチラリと裏地が見えるような着こなしをしているのだ。
あのヴィクトリアたちグランヴェル公爵家一派も、例に漏れず目も眩むような金糸の裏地を自慢げに覗かせている。逆に、質素な無地の裏地のまま着ているニーナのような生徒が、あいつらの格好の標的(バカにする対象)にされてしまったわけだが……。
(……あの男の方の裏地は、どうかしら?)
私は遠目から、生徒会室へ向かう彼の背中を皿のようにして観察した。
彼の制服の裏地は、ヴィクトリアたちのような嫌味な派手さや金銀の刺繍はない。一見すると、非常に静かで地味な色合いだ。
だが……目を凝らせば凝らすほど、恐ろしいことに気づく。
(な……なんですの、あの生地の光沢は……!? 派手な装飾こそありませんが、光の当たり方によって極上の波紋が浮かび上がる、信じられないほど細かく織られた最高級の布地……! 下品さが一切ない、洗練され尽くした『真の気品』が漂っていますわ……!)
派手に見せびらかすことすらしない、本物の超・雲の上レベルの気品。
私の見立ては正しかった。彼は間違いなく、表舞台に出てこないレベルの『隠された絶対者』なのだ――!
◇
その頃、当のアレンは生徒会室の机で書類を整理しながら、制服の裾をパタパタと引っ張って一人呟いていた。
「……それにしても、4号店長のお父さん、ちょっと生地良すぎないか?」
レムリア皇王国に持っているアレンの店舗(4号店)。そこでリハビリ中の王子(店長)の父親――すなわち変装して店にやってきた皇国の最高権力者(法皇)が、アレンへの感謝の印として半ば強引に贈ってきた特製の生地である。
「くれるのはありがたいんだが……これ、皇王室御用達どころか、まるで皇帝陛下が着るような最高級の魔法絹糸だろ。肌触りが良すぎて着心地は最高だが、ちょっと質が良すぎて逆に目立ってないか?」
アレンとしては「地味で着心地が良いから」という理由だけで着ていたのだが、それが逆に公爵令嬢シャルロットの鋭い眼力を過剰に刺激し、自身の正体に関する「凄まじい勘違い」をさらに深めていることなど、やはり知る由もなかったのである。
◇
「シャルロット様……あの、そんなに角から身を乗り出して、何をなさっているのですの?」
後ろから恐る恐る声をかけてきたのは、友人のソフィアだった。彼女の手には、次の講義で使う分厚い魔導書が抱えられている。その背後には、同じく不思議そうな顔をしたリゼットと、不安そうに両手を胸の前で組んでいるニーナの姿もあった。
「……ッ!? ソフィア、声が大きいですわ!」
私は慌てて振り返り、人差し指を唇に当ててしーっと静止を促した。柱の影に身を潜めながら、私は3人を手招きして近くへと呼び寄せる。
「いいですこと、皆様。あの方……アレン・ノア様の『真の装い』について、非常に恐ろしい事実を踏まえてしまいましたの」
「アレン様の……装い、ですの?」
リゼットが首をかしげる。私は小さく頷き、扇を優雅に広げて口元を隠すと、声をひそめて語りかけた。
「ええ。皆様もご存知の通り、この学園の制服の裏地は、実質的な家格や財力を示す無言の主張場となっておりますわね。ヴィクトリア様をはじめとする方々は、わざとらしい金糸の刺繍で己の権威をひけらかしておりますけれど……アレン様の裏地を、ご覧になったことはありますかしら?」
「あ……いえ、言われてみれば、アレン様の制服はいつも整っていて清潔ですが、華美な装飾のようなものは一切見当たりませんわね」
ソフィアが記憶を辿るように目元を細める。ニーナも小さく頷いた。
「はい……。私、自分の裏地が質素だからってバカにされた時、アレン様も同じように落ち着いた色合いの制服を着ていらっしゃるのを見て、勝手に親近感を持ってしまっていました……。でも、違うんですか……?」
「全く、次元が違いますわニーナ!」
私は力強く言い切った。
「あれは質素などではありません! 派手な刺繍などで胡散臭く飾る必要のない、生地そのものが持つ圧倒的な『格』の違いですわ! 光が射した瞬間にだけ浮かび上がる、あの繊細な魔法波紋……! あれは我がローゼンベルク家で取り扱う最高級の魔導シルクですら、足元にも及ばない逸品ですのよ!」
「な……ローゼンベルク家の最高級品以上……!?」
リゼットが目を見開く。
「そんな布地、聞いたことがありませんわ! 帝国や皇国の王族御用達……いいえ、神話の時代から続くような伝統ある古代の織物でもなければ、存在し得ないはずです!」
「その通りですわ」
私は満足げに頷いた。
「つまり、あの方は『下品に己の権力を見せびらかす愚か者たち』を嘲笑うかのように、一見すると地味でありながら、見る者が見れば一目でひれ伏すような『至高の気品』を身に纏っていらっしゃるのです! これぞ真の王者の嗜み……! 己の実力を誇示せず、しかし一切の妥協を許さない美学……っ!」
私の熱弁を聞いていた3人は、息を呑んで顔を見合わせた。
「なるほど……。そう考えれば、先日の演習場でみせた無詠唱の『極小火球』も、あの常識外れの威力も……すべて合点がいきますわね」
ソフィアが深く感心したように溜め息をつく。
「表舞台の名鑑に名が載っていないのは、載せる必要すら存在しない、歴史の裏で世界を動かす超・絶対者の血筋だから……。だからこそ、グランヴェル公爵家すら恐れることなく、あの冷徹な態度で退けることができたのですわね……!」
「ひぃぃ……! 私、そんなすごいお方に声をかけたり、お礼を言おうとしたりしていたなんて……!」
ニーナが自分の不敬(と思い込んだ行為)に青ざめ、ガクガクと震え出す。リゼットは興奮気味に手帳を取り出し、何かを猛烈な勢いで書き留め始めた。
「素晴らしい……! アレン様のその影の支配者たる佇まい、研究の価値が大いにありますわ! どのような魔導構造の生地なのか、いつか間近で観察させていただきたいものです……!」
友人たちの反応に、私は深く頷いた。
(ふふ……私の洞察力に狂いはありませんでしたわ。アレン・ノア様。貴方がどれほど身分を隠し、庶民の振りを装おうとも、その身から溢れ出る『本物の覇気』までは隠し通せませんことよ!)
私は再び柱の影からそっと覗き込み、生徒会室の窓辺で静かに書類をめくるアレンの横顔を見つめた。
夕陽を浴びて佇むその姿は、私の中では完全に「世界の平穏を陰から統括する孤高の皇帝」として完成されていた。
◇
一方その頃。
生徒会室でひとり作業を続けていたアレンは、突然全身を襲った激しい悪寒に、思わず背筋をゾクッと震わせていた。
「……ハックション!」
小さなクシャミをひとつ漏らし、アレンは首をかしげる。
「うーん……誰かが俺の噂でもしているのか? いや、まさかな」
鼻をすスッと擦りながら、アレンは手元にあるレムリア皇国法皇からの手紙――というか、4号店長(王子)経由で届いた「感謝のメッセージカード」に目を通した。
『最高品質の魔法絹糸で作った生地、気に入っていただけたでしょうか。我が皇室の秘術を用いて織り上げたこの布は、魔素の循環を助け、肩こりや疲労回復にも劇的な効果がございます。どうか日頃の労いとしてお役立てください』
「いや、肩こり防止機能がついた高級パジャマみたいな感覚で着てたんだけどな……。おかげで生徒会の事務作業で肩が凝らなくて助かってはいるんだが」
アレンは自分の制服の肩口を軽く叩きながら、苦笑いを浮かべた。
「しかし、法皇様も大げさなんだよな。『我が皇室の秘術』とか言ってるけど、要するに魔素を通しやすい伸縮性のある良い布ってだけだろ。まあ、変に派手な刺繍とかが入ってなくて助かったよ。あんな金ピカの裏地なんて着てたら、目立ってしょうがないからな」
アレンは満足げに頷くと、手紙を引き出しの奥へと仕舞い込み、再び静かに書類の整理へと戻っていった。
「さて……今日の分の仕事をさっさと終わらせて、夜は宿の部屋でじっくり『小説の先の世界』の第5章の推敲をするとしよう。主人公がライバルの誤解を解くシーンなんだが……うーん、現実はそう簡単に誤解なんて起きないよな」
自分が今まさに、学園で最も影響力のある公爵令嬢から「とんでもない規模の誤解」を掛けられていることなど、彼が知る由もないのであった。




