第146章:聖都の残響と、4号店の「特需」
アレン魔法学院が前代未聞の入学倍率一千倍と年間収入五千億円を叩き出し、世界中が熱狂に包まれていた頃――。
レムリア法皇国の聖都にある『株式会社バルツァー・ラボ4号店』もまた、かつてない異常な活気と熱気に包まれていた。
「店長! アルカディア帝国からの特急便で、全粒粉クッキーと各種調合生薬の追加搬入が完了いたしました! 売り場の棚卸しと陳列、いつでもいけます!」
「ご苦労、副店長! 本日も聖都の皆様、そしてアレン様の名誉のために、完璧な運用を遂行しよう!」
レジカウンターの奥で、第一王子――改め『店長』が、慣れた手つきで伝票をめくりながら爽やかに声を張る。その隣では、かつて神聖騎士団の筆頭候補と目された女聖騎士――改め『副店長』が、凛とした表情で商品を並べていた。
学園の式典から帰国した法皇と王子によって、アレンの掲げた「各国での若手育成と競争」の通達がもたらされた結果、法皇国中から「アレン様の教えが宿る場所」としてこの4号店へ巡礼者や志願者が殺到していたのだ。
店外には今や、聖都を一周するほどの長蛇の列が出来上がっている。しかし、かつてパニック障害に苦しんでいた王子は、アレンから叩き込まれた段階的克服法《段階的リハビリ手順》と標準手順書を完璧に使いこなし、何千人もの客を前にしても一切動じることなく、笑顔で完璧な接客をこなしていた。
「店長……! あのお姿はもはや一店舗の主にとどまらず、我が国を導く若き聖君の覇気そのもの……っ!」
「すべては神(アレン様)の深きご慈愛と、あの4号店という試練の賜物……っ!」
店舗の影に身を隠した神聖騎士団長らは、王子の堂々たる成長ぶりに本日も陰でボロボロと大号泣しながら、周囲の厳重な国賓級警備を配備していた。
店内には、アレンが去り際に書き残していった一枚の木札が掲げられている。
『過剰な行列は効率を損なう。売り切れ次第、即座に営業を終了し、浮いた時間で接客手順の改善を行え』
ただの「混雑緩和のための業務指示」に過ぎないその一言を、王子と副店長、そして法皇庁の幹部たちは「無駄な欲望を排し、常に己を鍛錬せよという神の教典」と深く感銘を受け、毎日額を床に擦り付けて拝んでいた。
遠くゼノリス王国の理事長室で、巨大な金庫の口座に次々と振り込まれる4号店からの莫大なロイヤリティ(特許・フランチャイズ料)の数字を確認していたアレン。
(……ふむ。4号店の売上推移も極めて順調だな。店長も副店長も、俺が教えたマニュアル通りにしっかり店舗を自動化できているようだ。これで法皇国からの研究資材の調達ルートも永久的に安定する)
自分が「適当に押し付けた店番とリハビリ」が、一国の王子を真の指導者へと覚醒させ、聖都の経済と医療の構造を根底から書き換え続けていることなど、アレンは今日も今日とて、ただの「優秀な店舗運用の成果」として冷静に納得しているのだった。
※
「アレン魔法学院」への留学手続きと若手選抜で世界中が不眠不休の国家プロジェクトに追われる中、レムリア法皇国(皇王国)における騒ぎもまた、異様な熱気と混乱を極めていた。
法皇庁の中央参事会では、連日徹夜の緊急閣議が開かれていた。
「アレン様が示された『各国・各都市の若者たちの育成』という神託(宣言)……! 我らが遅れをとるわけにはいかん!」
「学園への出願枠は!? 我が国の割り当ては何枠確保できているのだ!?」
重臣たちが青ざめた顔で書類を飛ばし合う中、法皇自らが壇上から力強く言い放つ。
「落ち着かれよ! アレン様が『地方の町に至るすべての若者』とお仰せになったのだ。一部の上流貴族や高位神官の子弟だけで枠を埋めるなど、神の御心に反する! 国中の全郷土、全教会から才能ある若者を一切の身分問わず公募し、厳正なる予選を執り行う!」
この法皇の一言により、皇王国全土に前代未聞の「全国一斉・選抜予選会」の大号令が発せられた。
各地方の教会や治安維持所には、アレン魔法学院への受験資格を求めて数万の若者が殺到。異端審問官や聖騎士団までもが「不正や忖度のチェック(公正な試験運営)」のために全線配備されるという、国を挙げた大騒動へと発展していた。
一方、その選抜予選の最高責任者(試験官長)として担ぎ出されたのは、あの『バルツァー・ラボ4号店』の店長(第一王子)であった。
「父上、そして参事会の皆様。アレン様が求められているのは、飾られた権威ではなく『論理的思考』と『無駄のない泥臭い鍛錬』です。身分や魔力に溺れる者は、どれほど高貴な血筋であっても容赦なく落とします」
アレンの修正指導と4号店での店舗運営によってトラウマを克服し、冷徹なまでの観察眼と威厳を身につけた王子の言葉に、法皇庁の重臣たちは感涙し平伏した。
「おお……王子殿下がこれほどまでに聡明で頼もしい指導者へとお育ちに……! これもすべてアレン様の導き……!」
こうして皇王国では、アレンへの狂信と王子の劇的な成長が化学反応を起こし、国中の若者を巻き込んだ史上最大の「留学選抜デスクランブル」が、昼夜を問わず繰り広げられることとなったのだった。
※
「アレン魔法学院」への留学手続きと若手選抜で世界中が不眠不休の国家プロジェクトに追われる中、アルカディア魔法帝国の首都・帝都アルカディアもまた、他国を凌駕する熱量で大混乱に陥っていた。
帝国の議事堂では、オクタヴィウス宰相指揮のもと、徹夜の「特別選抜戦略会議」が連日開かれていた。
「良いか! あのお方が提示された『異種選抜トーナメント』は、単なる若者の武芸大会ではない! 我ら帝国の『技術力』と『次世代の育成構造』が、絶対者アレン様によって直接監査される最高度のテストなのだ!」
宰相の過剰な深読みと大号令により、帝国全土の魔導師団、騎士団、さらには貴族院が経営するあらゆる魔導学校へ一斉に通達が飛ばされた。
「帝国全土から年齢を問わず最高峰の天才・鬼才を選り抜く! 筆記・実技・魔導回路構築の三部門による特級予選を実施せよ!」
帝都の街頭には、選考試験に応募する若き魔導士や剣士たちが溢れかえり、予選会場となった学園や演習場の周りには数キロメートルに及ぶ長蛇の列が形成された。
そんな中、選抜の最優先枠として真っ先に名前が挙がったのは、あのベルンハルト侯爵の令嬢、エレーナであった。
かつてアレンの調合した美容液(不本意な成分入り)によって長年の不調を脱し、今や帝都中の令嬢たちのカリスマとなっていた彼女は、溢れんばかりの情熱を瞳に宿して父・ベルンハルト侯爵へ宣言した。
「お父様、私を筆頭選手としてアレン様の元へ送り出してください。あのお方が作られたあの学び舎で、私はさらなる真理と……そしてあのお方の背中を追いかけたいのです!」
「うむ! ベルンハルト家の名誉と、アレン様への報恩のため、全力を尽くしてまいれ!」
さらに、株式会社バルツァー・ラボ帝国本社のCEOは、この大騒動を即座に「莫大なビジネスチャンス」と察知。アレン魔法学院の受講対策として、過去のアレンの講義内容(第20章の魔法解体理論など)を基にした『アレン式・論理魔導学習テキスト』を爆速で緊急出版した。
これが「読めば合格率が跳ね上がる聖典」として帝国中で大ヒット。一冊あたり金貨数枚という強気な価格設定にもかかわらず飛ぶように売れ、ラボの口座には数千億円規模のキャッシュがさらに流れ込むこととなった。
帝国の絶対君主である帝王すらも、「我が帝国の未来はこの選抜にかかっている。予算の上限は設けん!」と全権を委任。
アレンが「学園の宣伝と授業料収入のため」と気楽にぶち上げたトーナメントと選抜試験は、魔法帝国をも巻き込んで、国家の威信と巨額の資金が乱れ飛ぶ空前絶後のメガプロジェクトへと変貌を遂げていたのだった。
※
「アレン魔法学院」への留学枠と選抜試験を巡り、法皇国と魔法帝国が国を挙げて大狂乱を繰り広げる中――。
数歩出遅れたクレイズ神聖王国の王城・謁見の間では、国王と重臣たちが悲鳴に似た怒号を飛び交わせていた。
「な、何だと!? レムリア法皇国は全土で一斉予選を開始し、アルカディア魔法帝国は教材を全軍に配備して選抜に乗り出しただと!?」
「は、はい! 報せによりますと、両国とも『アレン様のお求めになる次世代の育成に応えられねば、国家の存続はない』と狂乱状態にあり、既に数万規模の優秀な若者を絞り込んでいる模様です!」
羊皮紙を握りしめる国王の額から、滝のような冷や汗が噴き出す。
クレイズ神聖王国は先の黒曜龍討伐の同盟国であったものの、アレン自身が直接足を踏み入れたことのない国だ。だからこそ、この「学園トーナメント」と「留学枠の争奪戦」において他国に遅れを取ることは、世界の勢力図から完全に脱落することを意味していた。
「冗談ではない! 我が国だけが落ちこぼれるなど、断じて許されんぞ!」
国王はガタリと椅子を蹴って立ち上がると、居並ぶ重臣たちへ雷鳴のような大号令を下した。
「直ちに国内すべての騎士団、魔術師ギルド、さらには地方の武芸塾に至るまで緊急動員をかけよ! 形式的な審査などすべて省き、国内最強の若手百名を即座に選抜しろ!」
「へ、陛下! それでは地方の警備体制が破綻いたします!」
「国家の存亡がかかっているのだ、背に腹は代えられん! 選ばれた者には国宝級の武具を授け、私自身が全権の推薦状を書く! さらに、学園への寄付金として国庫から出せる限界の金を即座にゼノリス王国へ送金せよ!」
こうして、出遅れに血眼となったクレイズ神聖王国もまた、全軍緊急配備に匹敵する大パニックと、国財を投げ打った「超特急・選抜プロジェクト」へと突入していったのである。
――一方その頃。
当のアレンは、ゼノリス王国の理事長室で静かにお茶をすすりながら、次々と届く各国の送金通知と申請書類の山を検分していた。
(……ふむ。クレイズ神聖王国からも莫大な寄付金と特急申請が届いたな。出遅れた焦りで余計な上乗せ金を積んできてくれたおかげで、学園の設備投資予算がさらに潤ったな)
自分の適当な提案一つで、またしても一国が丸ごと狂乱の渦に叩き落とされ、巨大な資金が自らの手元へ流れ込んでいることなど知る由もなく、アレンは今日もどこまでも冷徹に、学園の収支計算を進めるのだった。
※
「アレン魔法学院」を擁する母国・ゼノリス王国の王城では、他国とはまた一味違う、胃の痛むような大混乱と過熱運動が巻き起こっていた。
「……おい、各国の予選の規模と、我が国へ持ち込まれている寄付金の額は……一体どうなっている?」
謁見の間で、ゼノリス国王は青ざめた顔で外務大臣へ問いかけた。
「は、はい……! レムリア、アルカディア、クレイズの三強国をはじめ、大陸中の主要国家が国財を傾けて寄付金を積み上げております。その額、すでに国家数年分の予算を遥かに凌駕しており……! さらに、各国の元首名義で『我が国の最精鋭を入学させよ』という圧力が連日怒濤のごとく押し寄せております!」
大臣の報告に、王国の重臣たちは一斉に頭を抱えた。
自国の領内にある王立学園が、一瞬にして世界の覇権を握る「絶対の聖域」へと変貌してしまったのだ。もしゼノリス王国の生徒たちが、他国の化け物じみた留学生たちに手も足も出ず全敗するようなことがあれば、開催国としての威信は失墜し、最悪の場合は学園の主権ごと他国に持っていかれかねない。
「ええい! 我がゼノリス王国からも、絶対に負けない最精鋭の若手を送り込まねばならん! 国内の全騎士団、魔導院、そして冒険者ギルドから、見込みのある若者を一人残らずかき集めよ!」
国王の大号令により、ゼノリス王国でも即座に「国家代表選抜予選」がキックオフされた。
だが、ゼノリス王国の若手たちのモチベーションは、他国のそれとは少々異なっていた。
彼らにとってアレン・ノアは、黒曜龍を単身で粉砕し、世界の頂点に君臨する「生存する神話そのもの」である。
「アレン理事長に直接指導していただけるかもしれないのだぞ……!?」
「あの『漆黒の管理者』様の目に留まる機会など、一生に一度あるかないかだ!」
若き騎士や魔導士たちは血眼になり、文字通り命がけの予選会を繰り広げた。
さらに、王国の警備・治安維持部門は、連日世界中から押し寄せる数万人規模の受験生、付き添いの貴族や護衛兵たちの対応で完全な処理落ち《パンク》を起こし、全軍および全暗部を動員した24時間体制の交差点誘導と検問に追われることとなった。
――そんな熱狂と混迷を極める母国の状況を、アレンは理事長室の窓から呑気に眺めていた。
(ふむ。王都の宿泊施設や飲食店の稼働率は100%を維持しているな。学園の授業料だけでなく、周辺の経済効果も含めれば、ゼノリス王国の税収も爆発的に伸びるはずだ。……まあ、警備の人たちが少し忙しそうだが、街が潤うなら良いことだな)
己が放った企画書一枚が、母国の軍と経済を極限までフル稼働させていることなど、彼はやはり「経済の好循環」として涼しい顔で受け止めているのだった。




