第143章:大空に咲く花火と、平和の残像
祝賀会もいよいよ大詰めを迎え、熱狂と感動の渦に包まれていた大講堂の空気も、閉会に向けて静かな高揚感へと移り変わりつつあった。
壇上に再び立ったアレンは、マイクを前にしてふと思考を止めた。
(……さて、閉会の締めくくりか。こういう大きな催しの最後って、前世の日本ではどうやって締めていたっけな?)
記憶の引き出しをパラパラとめくる。一本締め、三本締め、あるいは式典の終わりの挨拶――そんな当たり前の光景を辿るうち、アレンの脳裏にふと、かつて自分の生まれ育った市や町が主催していた、夏祭りの最後を飾るあの光景が浮かび上がった。
(そうか、花火だ。夜空に大輪の華を打ち上げて、賑やかに締めくくるあの感覚か)
思い至った瞬間、アレンの行動は迅速だった。
彼は静かに大講堂の天井を仰ぐと、意識を無数の魔素粒子へと直結させた。
(火の熱運動エネルギーに、風の流体力学的な推進力、そして高密度に圧縮した魔素の結合状態を多層構造で保持させる。……構成要素の励起光の波長と大気中の酸素混合比をミクロ単位でレイヤー調整し、滞留時間を拡張。よし、各種条件の設定は完了だ)
アレンは右手をすっと天へと掲げた。
その掌の上に、バチバチと青白い閃光を散らす、拳大の高密度な『複雑混合魔素玉』が静かに生成される。
脳内で描くイメージはただ一つ――今夜、この場に集まったアルカディア魔法帝国、レムリア法皇国、クレイズ神聖王国、そしてゼノリス王国の厳かなる国章と、夜空を彩る大輪の花々。
普段ならば無言のまま物理現象として一瞬で出力するアレンであったが、今回は「式典の演出」という浪漫的パッチを自ら適用し、珍しく口元に微かな笑みを浮かべて、静かにその言葉を口にした。
「――『爆ぜろ』」
シュゥゥゥゥゥッ……!!
手元から放たれた極小の光玉が、音速を遥かに超える圧巻の推進力で大講堂の天井を(空間相転移で透過し)、はるか上空の夜空へと突き抜けていく。
直後。
——ズゥゥゥゥゥゥン……ッ!!
聖都の夜空全体を揺らすような、重厚で美しい腹響きが天から降り注いだ。
夜空を見上げた参加者たちの瞳に、この世の限界を超えた光の奇跡が飛び込んできた。
パァァァァァンッ……!!
一瞬で暗闇を塗り替えたのは、赤、青、金、緑――光の波長(スネルの法則と発光スペクトル)を完璧に制御された、鮮やかで力強い光の絵の具だった。
大空高くに描かれたのは、各国の威厳ある紋章の意匠。そして、それが幾重にも重なり合いながら、大輪の光の花束となって夜空いっぱいに弾けて広がっていく。
さらに異質だったのは、その光の「持ち」だった。
通常、火魔法の爆発など一瞬で消え去るはずのものが、アレンによる多層構造の魔素膜と空気の精密な混合制御によって、まるで時間が止まったかのように、色鮮やかな輝きを大空に長く、長く留まらせていたのだ。
「あ……ああ……」
息を吸うことすら忘れ、大講堂の外へ飛び出した首脳陣や市民たちが、夜空を仰ぎ見ながら次々とその場に立ち尽くした。
「美しすぎる……。見たことも、聞いたこともない……」
オクタヴィウス宰相の手から、グラスが滑り落ちた。
法皇は震える両手を胸の前で組み、ぼろぼろと溢れ出る涙を拭うのも忘れて見惚れていた。
クレイズ国王も、神聖騎士団の猛者たちも、ただただ言葉を失い、大空に咲き誇る光の奇跡を見つめ続けていた。
破壊のためでも、殺戮のためでもない。
純粋に人の心を揺さぶり、夜空を美しく飾るためだけに昇華された「魔法の真なる応用」。
(……あのお方は……神は、最初からこれをお見せになりたかったのだ……)
法皇の心に、震えるような感動が突き刺さる。
(争い、奪い合い、破壊するために魔法を振るってきた我ら愚かな人類に……魔法とは本来、世界を慈しみ、人々の心に平和の灯を点すための技術なのだと……言葉ではなく、この圧倒的な美しさで教え導いておられる……!!)
「おお……おおお……っ!! 神よ……! 『理と秩序の神』よ……!!」
会場のあちこちから、感涙と歓喜のすすり泣きが沸き起こった。
帝国の君主も、法皇国の聖職者も、諸国の騎士たちも、互いの国の隔たりを完全に忘れ去り、肩を並べて同じ夜空を仰ぎ、奇跡の光に涙を流していた。
平和の式典が、確かにここにあった。
夜風が心地よく吹き抜ける中、人々の歓喜と感動の渦を背中で感じながら、アレンは静かに黒い羽織の裾を整えた。
(ふむ。空気の励起時間と波長調整のパラメータは完璧だったな。……これなら次の学園対抗トーナメントの開会式でも、演出用の『魔法花火』として高値でライセンス販売できそうだ)
感動に打ち震える世界をよそに、アレンは冷めきったお茶を飲み干し、次なるビジネスと学園運営の計算へと、どこまでもマイペースに思考を巡らせるのだった。




