第141章:開宴の鐘と、世界の頭脳たちの集結
オルフェリア王立学園の大講堂は、本来であれば生徒や教師たちが穏やかな祝賀を楽しむはずの場所であった。
しかし今、そこに広がっているのは、歴史上いかなる覇権国家の全盛期すら霞むような、異質にして圧倒的な狂気の光景だった。
会場の中央には、最新の魔導防護陣と超高級なシルクで飾られたテーブルが並び、その周囲を世界の頂点に君臨する者たちが埋め尽くしている。
「――お越しになられましたか、アルカディア帝王陛下」
「ふむ、レムリア法皇殿下か。このような場所でお目にかかるとはな……」
魔法帝国の絶対君主である帝王と、法皇国の宗教的頂点である法皇が、静かに目線を交わす。両者の背後には、オクタヴィウス宰相とベルンハルト侯爵、そして一千の精鋭を代表する神聖騎士団長が、額に冷や汗を浮かせながら直立不動で控えていた。
さらに隣のテーブルでは、汗だくのクレイズ神聖王国の国王と第一王子、そしてバルツァー辺境伯軍の猛者たちが、互いの圧迫感に気圧されながら固唾をのんでいる。
(……な、なんだこの空間は……!? 世界の覇権を握る君主たちが、一冒険者・一理事長が召集した宴に、文句ひとつ言わず勢揃いしているだと……!?)
会場を警備するゼノリス王国の騎士団長は、あまりの胃の痛さに今にも倒れそうだった。
そんな緊迫感が極限に達していた会場の重厚な扉が、カランと軽やかな音を立てて開いた。
「いらっしゃいませー! 本日は『バルツァー・ラボ4号店』出張所へようこそ!」
「店長、声に気合が入っています! お客様へのおしぼりの準備も完了いたしました!」
現れたのは、色とりどりの刺繍が施された可愛らしいエプロンを着用した第一王子――改め『店長』と、同じくエプロン姿の精鋭女聖騎士――改め『副店長』だった。二人は手際よく、各国の王や帝王のテーブルへ向けて、特製の薬湯とお手拭きを配り始めている。
「「「……は!?」」」
あまりの光景に、会場にいた全首脳陣の脳内が同時にフリーズを起こした。
(わ、我が国の第一王子殿下が……エプロンを付けて笑顔でお手拭きを配っている……!?)
(か、神聖騎士団の筆頭候補たる女聖騎士が、楽しそうにお茶を汲んでいるだと……!?)
「父上、どうぞ。こちらは喉の熱感を抑える【石膏】ベースの薬湯です。長旅でお疲れでしょう」
「お、おう……か、感謝する、店長……」
爽やかな笑顔で薬湯を差し出す愛息の姿に、法皇は再び感涙に咽びそうになり、周囲の他国首脳は「これが噂に聞く神の再教育……!」と激しく誤読して恐怖を募らせた。
そして、ざわめく大講堂の上座――最も光の当たる壇上へ、文庫本を片手に持った一人の青年が、何の飾り気もない黒の羽織を揺らしながら悠然と姿を現した。
アレン・ノアである。
会場全体の空気が一瞬で静まり返り、各国の君主たちが一斉に背筋を正した。
(……来た! 世界の理を書き換える『絶対者』が……!)
(この式典の場で、我らに新たなる世界の秩序を言い渡すおつもりなのだ……!)
集まった者たちが勝手に恐怖と歓喜の誤読を極限まで膨らませる中、アレンは壇上のマイク(拡声魔導具)の前に立つと、心底面倒くさそうに吐息をつき、手元のメモ用紙をチラリと見た。
「――えー、本日はオルフェリア王立学園の定期祝賀会にお越しいただき、ありがとうございます」
静かで、あまりにも淡々とした開会のアナウンス。
「まあ、せっかく遠くから来てくれたんだ。各国の物資交流や研究データの共有でもしながら、適当にお茶でも飲んでいってくれ。……あ、それと『バルツァー・ラボ』の最新調合薬のカタログを置いておくから、欲しい国はあとでまとめ買いの注文を出しておいてくれれば、一括で割引適用しておく」
アレンにとっては「ただの宣伝と挨拶」に過ぎない適当な一言。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、世界の頭脳たちの瞳に凄まじい衝撃の走った。
(……な、なんだと!? 『世界の物流と医療インフラの一一まとめ買い』だと……!?)
(あのお方は、我ら国家間の争いを下らない雑音と切り捨て、世界の経済と命の循環を『バルツァー・ラボ』のシステム傘下へ一本化しようとされているのだ……!!)
(なんという深謀遠慮……! 力による支配ではなく、技術と流通による絶対的な平和の構築……!!)
「「「おおお……っ!!」」」
勘違いした帝王、法皇、国王、そして高官たちが、一斉に感涙の面持ちで拍手を捧げ始めた。万雷の拍手が大講堂を揺らし、ゼノリス王国の重臣たちは「助かった……世界大戦は回避された……!」と涙を流してひれ伏した。
壇上で「……なんか勝手に盛り上がってるな。まあカタログが売れるならいいか」と呑気にお茶を一口すするアレン。
世界の運命を握る勘違いだらけの祝賀会は、こうして盛大に幕を開けるのだった。




