第140章:ゼノリス王国の全軍集結と、理事長室の平和
ゼノリス王国の王都外郭――普段は静かな平原が広がっているはずの場所に、地鳴りのような重低音が響き渡っていた。
王国の全精鋭で構成される第1から第8騎士団、城塞防衛魔導大隊、さらには宮廷隠密部隊までもが、一糸乱れぬ密度の軍陣を形成している。掲げられた王家の旗印は数百を数え、兵士たちの甲冑が夕日を反射してギラギラと異様な圧迫感を放っていた。
「……おい、本当に我が国は他国と戦争を始めるわけではないのだな?」
本陣の巨大幕舎にて、第1騎士団長が額の汗を拭いながら、隣に立つ外務大臣に引きつった声で尋ねた。
「滅相もない! むしろ逆です! 万が一にも他国の元首方に指一本触れさせぬための、我が国創業以来最大の『特別迎賓・警備体制』です!」
外務大臣は悲鳴に近い声を上げた。
東からは、アルカディア魔法帝国の重装魔導騎士団と、レムリア法皇国の神聖騎士団一千がタッグを組んだ「東西合同超巨大行進列」が破竹の勢いで進軍中。
南からは、クレイズ神聖王国の全軍と第一王子率いる聖騎士団が、国家の存亡を賭けた血眼の様子で爆走中。
そして西からは、アレンの「感覚派指導」によって全員が桁外れの戦闘力を手に入れた、バルツァー辺境伯軍第一軍が完璧な隊列で威容を誇りながら接近してきている。
「世界の覇者たちが、文字通り全軍を率いて我が国の『オルフェリア王立学園』を目指してなだれ込んできているのだぞ!? どこか一箇所の警備でも破れて他国の王に怪我でもしてみろ、その瞬間に世界大戦の火蓋が切って落とされるわ!!」
「ひっ……! 全軍に通達! 死力を尽くして王都と学園の境界を死守せよ! 各国の車列には最高度の礼を以て接し、一ミリの非礼も許すな!!」
ゼノリス王国の中枢は、国家の命運を賭けた極限の緊張感のもと、全全軍を挙げて「世界史上最大の出迎え」の準備に狂乱していた。
——その頃。
嵐の台風の目となっているオルフェリア王立学園・理事長室。
「ふむ……やっぱりこの物品調達の単価、他国の相場より少し高いな。バルツァー・ラボの直売ルートに切り替えて、さらに一割削るか」
アレンは静かな室内で文庫本を小脇に抱え、羽ペンを走らせながら気楽に帳簿の修正を行っていた。
窓の外からは、王都全体を揺るがすような行軍の地鳴りや、空を埋め尽くす魔導船の羽音がかすかに聞こえてくる。だが、アレンの脳内コンパイラはそれを「学園周辺の雑音」として綺麗にミュートしていた。
「……アレン様!!」
無音で開いた扉から飛び込んできたのは、息を荒らした女神エルエルだった。
「外! 外を見てください! 大陸中の軍隊という軍隊が、この学園を包囲するように集結して大パニックになってますよ! これ絶対、あなたが飛ばしたあの雑な招待状のせいですよね!?」
激しく胸ぐらを掴んで抗議してくる専属派遣社員(女神)に対し、アレンは冷めかけたお茶を啜りながら、至って淡々と返した。
「何を騒いでいるんだ、エルエル。俺はただ、世話になった顔なじみに『学園の祝賀会があるから近況報告ついでにどうぞ』と案内を出しただけだぞ」
「それが一番おかしいのよ! なんで同窓会感覚の手紙一枚で、二大強国が合同軍を組んで国境を爆走してくるのよ!? 神界の監視サーバーが『世界大戦前夜』のアラートで赤く点灯しまくって、ルカちゃんが泣きながら手動パッチ当ててるのよ!?」
「大げさだな。まあ、人が大勢来るなら学園の宣伝効果としては満点だ。十億円の予算もこれで完全に回収できる」
「回収の問題じゃない!!」
叫ぶエルエルを華麗にスルーし、アレンは手元の招待客リストに優雅にチェックを入れるのだった。
(さて……店長と副店長は美味しいお菓子でも出せば喜ぶだろうし、帝国の令嬢には新しい美容液の試作品でも渡しておけばいいか。……まあ、賑やかになるなら悪くないな)
己が解き放った数枚の紙切れが、世界の軍事均衡と国家の概念を完全に崩壊し、大陸全土を巻き込む超巨大な狂乱へと昇華していることなど、アレンは今日も今日とて、何一つ気に留めていないのだった。




