第135章 :魔法帝国アルカディアの動揺
魔法帝国アルカディアの中枢――重厚な石造りの議事堂に、一通の無記名な招待状がもたらされた瞬間、帝国の政治を動かす者たちの間に激震が走った。
「――な、何だと!? あの『アレン・ノア』様から、直々に祝賀会の招待状が届いただと!?」
羊皮紙を掲げるオクタヴィウス宰相の手は、珍しく微かに震えていた。
かつて事務的な手書一通で帝国の魔導インフラの脆弱性を鋭く突き、今や時価総額四兆円超を誇る巨大プラント『株式会社バルツァー・ラボ』の総帥として君臨する男。そして、帝都の地下迷宮や大霊脈の乱れを一瞬で修正してみせた絶対的な存在。
「宰相閣下! これは一体どのような意図なのでしょうか!? 我ら帝国に対し、何か暗黙の警告でも……!?」
重臣たちがおののく中、オクタヴィウス宰相は深く息を吐き出し、鋭い眼光を走らせた。
「愚か者め、考えろ。あのお方が無意味な催しに我らを招くはずがなかろう。これは『世界の主要勢力を一堂に会させ、新たな秩序を提示する』という、絶対者からの召喚命令に他ならん!」
「な、なんですと……!?」
「あのお方は、表向きは単なる学園の祝賀会という形を取ることで、他国との摩擦を最小限に抑えつつ、世界規模の外交ラインを一本化しようとされているのだ。なんという緻密……なんという深遠な計算……!」
宰相の過剰な深読みと誤読は、一瞬にして会議室全体へと感染していった。そこへ、騒ぎを聞きつけたベルンハルト侯爵と、その令嬢エレーナが姿を現す。
「オクタヴィウス宰相、その報せはまことか! アレン様が我がベルンハルト家にもお声をかけてくださったと!?」
エレーナは胸の前で手を組み、その美しい瞳を憧憬と歓喜で輝かせた。アレンの作った特製の美容液によって長年の不調から救われて以来、彼女にとってアレンは単なる恩人を超えた絶対的な信仰の対象であった。
「ええ、エレーナ様。アレン様は貴女様の健勝をも気にかけておられるご様子。……そして、この件はすでに帝王陛下のご耳にも入っております」
宰相の言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。
魔法帝国の頂点に君臨する帝王本人が、一冒険者であり一企業の総帥に過ぎない青年の招待に対し、どのようなリアクションを見せたのか。
「陛下は……何とお仰せに?」
「『あの御方が席を用意されたのであれば、断る理由など万に一つもない。全権を携え、自ら足を運ぶ』……とな」
「帝王陛下自らがご出席を……!?」
室内が言葉もない衝撃に包まれる。一国の学園の小さな祝賀会に、帝国の絶対君主が自ら赴くなど、帝国の長い歴史上あり得ない異例中の異例であった。
「良いか! この祝賀会は、我が魔法帝国の未来を左右する最重要局面となる! 最高級の献上品と、考え得る限りの特級護衛陣を編成せよ! 遅れを取ることは断じて許されんぞ!」
「ははっ!!」
宰相の大号令のもと、アルカディア魔法帝国は国を挙げた最優先任務として、学園の式典への出席準備を開始した。
当のアレンが「あの美容水の顧客の令嬢と、いつも丁寧な手紙をくれる宰相さんたちだな。せっかくだから帝国のトップにも一応声をかけておくか」と、近所の顔なじみをパーティーに誘う程度の気楽さで送った招待状が、また一つ大国を丸ごとパニックと歓喜の渦に巻き込んだのだった。




