第128章:第四倉庫の素通りと、歪みのリスト
レムリア法皇国での一連の仕事と、面倒な調合マニュアルの整理を終えたアレンは、拠点であるアルカディア魔法帝国内の第四倉庫へと戻っていた。
帝都の喧騒をすり抜け、彼が向かったのは裏通りに佇む安宿ではなく、帝国の広大な敷地の一角を占める巨大な倉庫だった。帝国中枢からは最高級の部屋を用意されかけたものの、無駄に居心地が悪いうえに無駄銭を使いそうな雰囲気を嫌って一蹴し、実務的な物資が集まるこの倉庫へ直接足を運んだのだった。
しかし、倉庫の敷地内に足を踏み入れたアレンの視界に飛び込んできたのは、整然とした日常とはかけ離れた、極めて泥臭い労働風景だった。
入り口付近の荷捌き場では、見覚えのある金髪の少女――神界の管理官から日雇いの下働きへと落とされたエルエルが、額に汗を滲ませながら重い荷物の入った木箱を必死に抱えて往復していた。その傍らでは、同じく過酷な労働にやつれたルカが、虚ろな目で手押し車の車輪を回している。
(……相変わらずあちこちでアルバイトに精を出しているようだが、関わるとろくなことになりそうにない)
アレンは彼女たちの働く姿を視界の端で捉えると、何食わぬ顔で足早に倉庫の奥へと通り過ぎていった。
迷路のような資材棚の通路を抜けて奥の執務スペースへ到着すると、そこでは待ち構えていたかのように、息を切らせたエルエルが先回りして待ち受けていた。先ほどまでの荷物運びを終えていつの間にか先回りしていたらしい彼女は、疲労の色を濃く滲ませた顔で、手元にまとめていた羊皮紙の束をアレンの胸元へ突き出すように荒々しく差し出した。
「……ボス、遅かったわね。帝国中を我が物顔で闊歩している間に、こっちはこっちで『世界の歪み』の全データ収集に奔走させられてたのよ!……ほら、これが帝国領内で発生している空間異常箇所のリストよ」
差し出された羊皮紙を受け取り、アレンは静かに目を通していく。そこには、アルカディア魔法帝国領内において、世界の理に致命的なほころびをもたらしている五箇所の特異点座標が緻密に記されていた。
1.帝国の商業区外れにある古い路地裏
詳細: 異空間の物理理論矛盾の縫い目にほころびが生じ、周囲の環境に二次的な負荷を及ぼしている空間の歪み。
2.帝国南部の古い石造りの水路付近
詳細: 魔導インフラの密集地帯において、座標データのエラーにより局所的な空間のねじれの渦が生じている場所。
3.古い職人街の片隅
詳細: 老朽化した魔術回路の干渉を受け、微量の魔素が術式干渉により染み出すことで空気が歪んでいる一帯。
4.帝国外郭の廃魔導炉跡
詳細: 長期間放置された旧式炉の残留エネルギーが、空間構造そのものに影響し変形している亀裂箇所。
5.魔導学園旧館の地下倉庫付近
詳細: 過去の高出力な魔術行使によるログの蓄積が空間の同期ズレを引き起こし、局所的な次元の歪みを生じさせている特異点。
「ご苦労だな。……これだけの数があれば、当分の間は厄介事を片付ける口実ができるか」
リストの内容を頭に叩き込むと、アレンは羊皮紙を無造作に鞄へとしまい込んだ。
神から頼まれた「因果律の辻褄合わせ」を遂行し、世界の崩壊を防ぐには、これらの座標を一つずつ回って修正していく必要がある。面倒なほころびをそのまま放置して後々により大きな面倒を背込むほど、アレンの頭は悪くなかった。
「やれやれ、のんびり読書に浸る時間はまたお預けというわけか。……行くぞ、エルエル。次の現場へ向けて最短の道順を考えろ」
「って、休む暇もないわけ!? ちょっと、私にも少しくらい……!」
疲弊しきった女神の抗議の声を背中で華麗にスルーしながら、アレンは漆黒の羽織の裾を翻す。世界の理に綻びをもたらす不具合を最小限の手間で片付けるため、アレンは冷徹な足取りで第四倉庫の扉を再び押し開くのだった。




