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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第125章:薬の標準化と、崇められる教典

 大感謝祭が終わった翌日。

『株式会社バルツァー・ラボ皇王国支店4号』の前には、早朝から聖都の端まで届くほどの果てしない長蛇の列が出来上がっていた。


「あのお方が……神託の使者様がおられる店だぞ!」

「第一王子殿下から直接お薬をいただけるなんて……!」

「我が家の病人も、あの薬湯のおかげで命を救われました!」


 黒斑病の劇的な治癒と大感謝祭での一件を受け、4号店は聖都中の市民、商人、さらには地方から聞きつけた病者たちで完全にパンク状態に陥っていた。


「い、いらっしゃいませ! 順番にお並びください!」

「副店長、あちらのお客様へ整理券の配布を! お会計の列と調合待ちの列を分けて誘導しましょう!」


 店長(王子)と副店長(女聖騎士)が汗を流しながら必死に客をさばいているが、店内にも外にも溢れかえる人波は一向に引く気配がない。


 カウンターの奥でその光景を眺めていたアレンは、心底うんざりしたように溜め息をついた。


(手作業による個別対応の限界だな。職人の勘に頼った個別処方は、需要の急増に対応できない典型的な停滞原因だ。毎回俺が素材を抽出して精製するのも効率が悪い)


 アレンにとっては「自分の自由な時間が削られて面倒くさい」というだけの理由だった。


「店長、副店長。一旦、新規の受付を止めろ」


「えっ……? ですがアレンさん、まだ外にたくさんのお客様が……」


「だから止めるんだ。個別対応でダラダラ作るのは今日で終わりだ。法皇庁の医療部隊と薬師ギルドの長を全員ここに呼び出せ」


 数時間後。

4号店の奥にある作業場には、緊張で顔を硬直させた男たちが集まっていた。

法皇庁の最高医術長、薬師ギルドのマスター、聖都の大病院を束ねる高位司祭たち――まさに法皇国の医療を担う権威たちが、息をのんでアレンの前に平伏している。


「あ、あのお方から直接ご指示をいただけるなど……!」

「神の調合術を教えていただけるのか……!」


 畏敬の念で震える彼らに対し、アレンは作業台の上に何枚かの羊皮紙をパサリと投げ置いた。


「これが新しい『標準調合マニュアル』だ。これからはお前たちがこれを元に薬を量産しろ」


そこに書かれていたのは、アレンが構築した『調合の標準化』だった。


 従来の感覚や魔法に頼った曖昧な調合法を排除し、【石膏】【代赭石】【黄連】といった生薬の有効成分を一定の比率で数値化。火加減や煎じる時間、魔力の注入量を極限まで単純な手順に落とし込み、素人でもマニュアル通りに作業すれば、80点以上の高品質な薬が確実に作れる仕組みが完成していた。


「な……なんという簡潔さ……! 魔法の詠唱も複雑な陣も一切使わず、成分の重量と抽出時間だけで完璧な薬効が再現できるというのですか……!?」


 最高医術長が、震える手で羊皮紙を掲げ持った。


「そうだ。特別な才能も高位の神聖魔法もいらん。手順通りに作業すれば誰でも同じ精度の薬が作れる。これを聖都中の薬局や大病院に配って、製造体制を整えろ。……そうすれば、この店に無駄な行列ができることもない」


 アレンの「自分が楽をするための作業自動化」の言葉を、集まった権威たちは涙を流しながら拝聴していた。


(おお……! おおなんと尊い……!)


 薬師ギルドのマスターは、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら床に頭をこすりつけた。


(神のみぞ知る『奇跡の術』を独占することなく、あまねく人々に共有し、誰もが病を治せるように仕組みを授けてくださった……! これぞ『神の教典』……いや、全人類を救う『真なる医療の規範』だぁぁっ……!!)


(ご自身の手間を惜しみ、民がいつでも安価で質の良い薬を手に入れられるよう、国家の医療体制そのものを再構築されたのだ……! あのお方の深遠なる慈愛、言葉も出ぬ……!!)


「……なんか変な勘違いをしてそうだが、とにかくマニュアル通りに作れ。一ミリでも手順を狂わせたら品質が下がるからな」


「ははぁっ!! 一字一句、神の教義として守り抜いてみせます!!」


 それから数日。

アレンが提示した『標準調合マニュアル』は、法皇庁の手によって直ちに『バルツァー式聖教典』として各地方へ複製・頒布された。


 聖都中の病院や薬局で『バルツァー・ラボ4号店』と同じ品質の調合薬が大量生産できるようになり、あふれていた長蛇の列は一気に解消された。これまで高価な回復魔法に頼るしかなかった平民たちも、銀貨数枚で劇的に効く薬を手に入れられるようになり、法皇国全体の生存率は跳ね上がったのである。


「アレンさん! 街の薬局どこでもあのお薬が買えるようになって、市民のみんなが本当に喜んでいますよ!」


 静もりを取り戻した店内で、王子(店長)が晴れやかな笑顔で報告してくる。


「まあ、これで静かに本が読める」


アレンはカウンター奥の椅子で文庫本をめくりながら、満足そうにお茶を啜った。


「副店長、お茶のおかわりを」


「はいっ! ただいまお持ちいたします、アレン様!」


 エプロン姿の女聖騎士(副店長)が手際よく淹れ立てのお茶を運び、王子(店長)がにこやかに棚の掃除をする。


 国家の医療システムを裏から一変させた張本人であるアレンは、今日も今日とて、お気に入りの4号店で平和な店番の時間を満喫するのだった。


【バルツァー・ラボ グループ 試算総資産】

現預金・流動資産(手元・銀行・影の領域ネットワーク総計)

約 1兆2,550億円 相当(約 1,255億 霊銀貨/約 1万2,550 聖金貨)

※今回の聖都における『標準調合マニュアル』の国を挙げた制度化により、法皇庁から本社へ直接莫大なライセンス料(特許利用料)の継続支払いが決定。


株式・企業資産(株式会社バルツァー・ラボ グループ時価総額)

約 4兆円 相当(↑1兆円の価値増大)


現物資産・特級触媒プライベート・リザーブ

測定不能(最低でも数千億円〜国家数個分)


現在の総資産規模(経済圏規模)

【 総合計:約 5兆2,550億円 超 】


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