第124章:大感謝祭と、手柄の押し付け合い
霊峰レムリアの浄化から数日。聖都を震撼させた『黒斑病』は跡形もなく立ち消え、清流を取り戻した街には活気と笑顔が戻っていた。
そして本日、聖都の中央広場はかつてないほどの熱気に包まれていた。法皇庁が国を挙げて執り行う『大感謝祭』――聖都を滅亡の危機から救った「救世主」を称えるための大式典が開催されていたからだ。
絢爛豪華な壇上には、金糸の衣装に身を包んだ法皇を筆頭に、最高参事会の高官や神聖騎士団の全幹部が居並んでいる。広場を埋め尽くした数万人の市民たちが、固唾をのんで壇上を見つめていた。
「皆のもの、聞きなさい!」
法皇の威厳に満ちた声が、拡声の魔導具を通じて広場全体に響きわたる。長年の喉の病が完治した法皇の声には、力強い張りが戻っていた。
「我が法皇国を襲った未曾有の災厄は、天より与えられし神意と、尊きお方のご加護によって完全に潰滅した! 本日はその救世の英雄に、法皇国最高位たる『神聖国師』の称号と、国庫の半分に相当する恩賞を授与する!」
地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
……だが、肝心の授与対象として壇上の中央へと押し出された人物は、露骨に不快そうな顔を浮かべていた。
そう、アレンである。
(……面倒くさいことになったな)
アレンは、影の領域に引っ込んでのんびり茶でも飲んでいようと思っていたのだが、法皇庁の総力を挙げた「お願いですから顔を出してください」という決死の嘆願に押し切られ、渋々壇上に引っ張り出されていたのだった。
「さあ、神の化身にして我が国の救世主、アレン殿! どうかこの称号をお受け取りくだされ!」
法皇が感涙に目を潤ませながら、純金と宝石で飾られた重々しい冠と杖を捧げ持とうとした――その時。
アレンはすっと一歩後ろに下がり、その手を横へと伸ばした。
そして、自分の隣に控えていたエプロン姿――ではなく、立派な式典服を纏った第一王子の背中を、ポンと前に押し出した。
「勘違いするな。今回の災厄を治めた本当の功労者は、この『店長』だ」
「「「え……!?」」」
法皇をはじめ、高官たち、そして王子自身も目を見開いて呆然となった。
「俺はただ、手持ちの薬を提供しただけに過ぎない」
アレンは至って平然とした顔で、手柄をまるごと王子へと押し付け始めた。
「パニックに陥る現場に自ら足を運び、適切な配給手順を組み、恐怖に震える民の一人ひとりに声をかけて安心させたのは、この王子だ。現場を統率するリーダーシップがなければ、どんな良薬があっても被害は防げなかった。……そうだろう、副店長?」
振られた女聖騎士(副店長)は一瞬言葉に詰まったが、ハッと背筋を伸ばすと、誇らしげに胸を張った。
「……はい! アレン様のおっしゃる通りです! 店長――第一王子殿下は、自らの不調を押し殺し、最前線で民のために死力を尽くされました!」
「な……なにを……アレンさん、私はただ、あなたの指示通りに……!」
焦る王子に向かって、アレンはしれっと囁いた。
「いいから受け取っておけ。俺がこんな大層な称号をもらっても、静かに商売も研究もできなくなる。……店長、お前のリハビリの最終テストだ。民の前に立ち、堂々と胸を張ってみせろ」
「ッ……!」
その言葉に、王子の胸が強く打たれた。
自分を手柄の矢面に立たせるためではない。自分が真の君主として民の前に立てるよう、あえてすべての栄誉を譲り渡してくれているのだと――王子はそう解釈した。
王子は深く息を吸い込むと、旧来のトラウマを完全に振り払い、力強い足取りで法皇の前へと進み出た。
「父上……不肖の息子なれど、アレンさんの教えを受け、民を守る覚悟が固まりました。この栄誉、聖都の民とともに謹んでお受けいたします!」
かつて人前に立つことすらできず、部屋に閉じこもっていた病弱な王子が、数万の民の前で堂々と手を掲げ、清々しい笑顔を弾けさせた。
「「「おおお……殿下ぁぁぁっ!!」」」
民衆から割れんばかりの歓声と喝采が沸き起こった。
その光景を壇上で見ていた法皇と最高幹部たちは、今や全員がボロボロと大粒の涙を流していた。
(……おお、なんという深きご慈愛……!)
法皇は震える手で目元を拭い、陰でアレンに向かって深々とひれ伏しそうになるのを必死で耐えていた。
(ご自身は一切の権力や名誉を望まず、すべての功績を我が息子に与え、次期法皇としての尊厳と自信を授けてくださった……! 手柄すら譲り渡し、影から若き君主を育む……これぞまさに『神』の真の愛ではないか……!!)
(手柄を誇らず、ただ民と若き王子の成長を温かく見守られるとは……あのお方の高潔さには言葉も出ぬ……!)
(神聖国師の称号すら『いらん』と一蹴されるそのお姿……神としての格が違いすぎる……!!)
騎士団長も高官たちも、アレンの「単に目立ちたくないだけ」というド直球な本音を完璧に勘違いし、その圧倒的な深謀遠慮と慈愛に感涙を極めていた。
式典の狂乱が最高潮に達する中、アレンは誰にも気づかれないよう、すっと壇上の影へと姿を消した。
向かった先は、静もりを取り戻した『株式会社バルツァー・ラボ皇王国支店4号』だ。
「ふぅ……やはりここが一番落ち着くな」
カウンターの奥の椅子に深々と腰掛け、お茶を淹れる。
手柄も面倒な称号もすべて王子に押し付けることに成功し、アレンは実に満足気だった。これで邪魔されることなく、自由に素材の調合と市場の調査に専専念できる。
しばらくすると、カランと賑やかな音を立てて店の扉が開いた。
「アレンさん! 戻られましたか!」
「アレン様! 本日の警護と式典の補佐、無事に終了いたしました!」
式典を終えた王子と女聖騎士が、晴れやかな笑顔で店へと飛び込んできた。二人はごく自然な動作で式典服を脱ぎ捨てると、壁に掛けられていた『店長』と『副店長』のエプロンを素早く身につけた。
「店長、副店長。お疲れ様。……明日からも店を開けるぞ」
「はいっ! もちろんです、アレンさん!」
「任せてください、アレン様! 副店長として、明日も最高のお会計を打ってみせます!」
外では「神と覚醒した英雄王子」として崇め奉られている二人だが、この小ぢんまりとした店舗の中では、今も変わらず気さくな『店長』と『副店長』だった。
アレンは小さく口元を緩めると、広げた本に視線を落とし、平和な店番の時間をゆったりと楽しむのだった。




