第123章:霊峰の辻褄合わせと、神々しきデバッグ
聖都の北に聳え立つ『霊峰レムリア』。その山頂付近に位置する巨大な霊性洞窟の奥には、この領域全体の魔素を司る源流――『大霊脈の祭壇』が存在していた。
普段なら青白く神聖な光を湛えているはずの大霊脈は、今や濁った黒紫色の毒素に塗れ、ドクドクと不気味な泡を噴き出している。洞窟内には生臭い魔素の激臭が立ち込め、壁面すらも黒く腐食しかけていた。
「くっ……! これが聖都の水源の惨状……! 魔素の毒性が強すぎて、近づくだけで眩暈がいたします……!」
副店長(女聖騎士)が剣の柄に手をかけ、吐き気を耐えるように顔を歪める。王子(店長)もまた、事前に服用した【竜骨・牡蠣】の薬効に支えられながら、気丈に前を見据えていた。
「アレンさん、これが聖都の黒斑病を引き起こしていた根源なのですね……」
「ああ。地脈のろ過機構に長年の歴史的歪みが溜まって目詰まりを起こしてる。溜まりに溜まった毒素が水脈へとそのまま吐き出されている状態だ」
アレンは『鑑定』の情報を視界いっぱいに広げ、目詰まりの箇所(異変の発生源)を特定した。
「水源である霊峰からの流出が止まらない限り、いずれまた再発する。元凶である大霊脈の詰まりを直接掃除しに行くぞ」
アレンは静かに祭壇の前へと踏み出した。
本来なら、このような大規模な環境修復には、数千人の高位術師による長年の浄化儀式と莫大な魔導具が必要となる。だが、アレンにはそんな悠長な手順を踏むつもりは毛頭なかった。
「……手っ取り早く歪みを正すか」
アレンが起動したのは、神から託された世界の修正用スキル――『ラフ・アジャスト(因果律の泥臭い辻褄合わせ)』。
アレン自身にとっては「不具合の辻褄を強引に合わせて不調を消すだけの泥臭い作業」に過ぎない。だが、現世の物理法則と神界の因果が強制接続されたその瞬間、周囲の空間が一変した。
――ズズズズズ……ッ!!
洞窟の天井を突き抜け、天から眩いばかりの『黄金と純白の極光』が降り注いだ。
世界そのものが息を呑むような神々しい光が洞窟内を覆い尽くし、黒く濁っていた大霊脈の毒素に一気に照射される。
「な……なんという光……!? 神聖魔法などという次元ではない……! 世界の法則そのものが書き換わっていくような……!?」
副店長はあまりの光の尊さに、両手で顔を覆ってその場に膝をついた。王子もまた、圧倒的な神威の渦に言葉を失い、息を飲み込んでアレンの背中を見つめていた。
『――ガガッ……不具合検出……構造修正(辻褄合わせ)実行中――』
アレンの頭の中で静かに情報が流れる。
大霊脈に詰まっていた数千年の魔素の歪み、不純物、構造の欠陥が、神々しい光の中でみるみる分解され、清浄なエネルギーへと変換されていく。
黒く腐食していた大霊脈の泉は、一瞬にしてクリスタルのように澄み渡る蒼碧の水へと姿を変えた。
洞窟に立ち込めていた不快な激臭は消え去り、代わりに全身の細胞が歓喜するような、澄み切った清らかな気が霊峰全体へと広がっていく。
山頂から聖都全体へと流れる水脈の毒素が、光の波とともに一瞬で洗われ、完全に収まっていったのだった。
その時。
霊峰の麓から密かに追衛していた「外の人間たち」は、もはや恐怖と歓喜で正気を失いかけていた。
(おお……! おおおかみ様ぁぁぁっ……!!)
霊峰全体が神々しい聖光に包まれ、麓まで流れる川が一瞬で奇跡の清流へと戻った光景を目撃した神聖騎士団長は、地べたに頭をこすりつけて大号泣していた。
(ご覧になられましたか団長……! 天が割れ、神の光が降臨いたしました! 霊峰の穢れが一瞬で清められたのです……!!)
(あのお方は……アレン様は単なる使者などではない! 世界の理を統べ給う『創世の神』ご本人だぁぁっ……!!)
(全軍、ひれ伏せ! 神の御業に感謝の祈りを捧げよ! 我らが聖都は、神の慈悲によって救われたのだ……!!)
何百人もの精鋭騎士たちが甲冑を鳴らして地べたにひれ伏し、感涙の涙を流しながら霊峰の山頂に向かって拝み倒していた。
「よし。これで大霊脈の掃除は完了だ」
光が収まり、普段通りの気だるげな様子で振り返るアレン。
その足元には、すっかり澄み切った霊脈の水がサラサラと心地よい音を立てて流れていた。
「あ……アレンさん……。今のは一体……」
「ただの環境浄化だ。詰まってたゴミを消して、水脈のろ過機能を正常に戻しただけだ。これで下界の黒斑病も二度と出ない」
あっさりと告げるアレンに、王子は深く深く頭を下げた。
「ありがとうございます、アレンさん……! あなたは聖都を……我が国を救ってくださいました!」
「礼なら店番で返せ。明日からも『バルツァー・ラボ4号店』の営業はあるからな、店長」
「はいっ! もちろんです、アレンさん!」
王子は晴れやかな、実に堂々とした笑みを浮かべた。人前に立つ恐怖を克服し、民を救う決意を固めた彼の瞳には、かつての気気弱な影はどこにも残っていなかった。
「副店長、聖都へ戻って報告と、店舗の再開準備だ」
「ははっ! どこまでもお供いたします、アレン様……いえ、大参謀様!」
すっかりアレンへの忠誠を固めた副店長も凛々しく頷いた。
かくして、聖都を揺るがした大混乱(黒斑病)はあっさりと消滅し、アレンと『店長(王子)』『副店長(女聖騎士)』による、風変わりで平和な店舗営業の日々が再び始まっていくのだった。




