第122章:外郭地区の黒斑病と、現地デバッグ
聖都の北側に広がる外郭地区は、重苦しい静寂と絶望に包まれていた。
普段なら活気に溢れている市場や住宅街のあちこちに特設の幕舎が張られ、うめき声を上げる人々が身を寄せるように倒れ伏している。皮膚の一部が不気味な黒ずみを帯び、激しい高熱と呼吸困難に苦しむ人々――いわゆる『黒斑病』の患者たちだ。
「神よ、どうかこの者に救いを……! 【ハイ・ヒール】!」
駆けつけた高位の神聖術師たちが必死に手をかざし、純白の治癒光を放っている。だが、患者の体に光が吸い込まれた瞬間、激しいスパークが弾けて光は掻き消え、患者は「ぐああぁっ!?」とさらに激しく吐血して悶絶した。
「そんな……!? 神聖魔法をかければかけるほど、余計に苦しみが増しているだと……!?」
術師たちが絶望に打ちひしがれる中、アレンたちは幕舎の入口に足を踏み入れていた。
アレンは視界に視覚情報を広げ、苦しむ患者たちの生体反応を『鑑定』でスキャンする。
(なるほどな。体内に入り込んだ未処理の魔素が血管内で生体崩壊を起こしている。そこへ外から無理やり治癒魔法という高濃度の魔力を流し込むから、負荷が跳ね上がって過負荷状態みたいになってるんだ)
アレンにとっては、魔法が効かないどころか、魔法の乱用が裏目に出ているだけの単純な不調だった。
「アレンさん、これは……!」
惨状を目の当たりにした王子(店長)が息を呑み、副店長(女聖騎士)も悔しそうに拳を握りしめた。
「むやみに回復魔法を打ち込むな。患者の処理能力を超えた魔力を流し込めば、かえって症状悪化を引き起こすだけだ」
アレンが冷ややかに言い放つと、必死になっていた神聖術師たちが一斉に振り返り、怒りを露わにした。
「な、なんだ貴様らは! 神聖術の理も知らぬ者がでしゃばるな! 我らは法皇庁直轄の――」
「控えなさい!」
術師たちの言葉を遮ったのは、副店長の凛とした一喝だった。彼女が甲冑の胸元から輝く神聖騎士団の紋章と、アレンが持つ【特級閲覧許可証】を提示すると、術師たちは顔色を失った。
「こ、これは最高位の特許……!? では、あなたが……神託の……!?」
「説明している時間が惜しい。店長、副店長、薬の配給ラインを組むぞ」
「「はいっ!」」
アレンは『アイテムボックス』を開くと、中央市場で調達した【石膏】【芒硝】【黄連】【山梔子】、そして地下大保管庫で手に入れた『超高純度触媒』を空間上に展開した。
(急性の熱暴走を抑える【石膏】と、毒素を強制排出させる【芒硝】。そこに消炎・抗菌を担う【黄連・山梔子】を組み込み、高純度触媒で一気に瞬時精製する)
アレンの手元で静かな光が走り、数百人分もの『青白く輝く水薬』が、整然と透明なガラス小瓶へと充填されていった。
「これは体内の過剰魔素を物理的に冷却し、体外へ強制吐き出しさせる応急解毒薬だ。一刻を争う。すぐに飲ませろ」
「了解いたしました! 副店長、左の幕舎から順番に配給します! 飲ませた後に白湯を一口含ませるよう誘導してください!」
「承知いたしました、店長! 案内誘導は私にお任せください!」
王子と副店長は、連日『バルツァー・ラボ4号店』で叩き込んだ圧倒的な店舗運営の手際を発揮し始めた。
パニックになりかけていた患者やその家族をテキパキと誘導し、的確な指示で薬を飲ませていく。その無駄のない洗練された手腕は、もはや救護隊の熟練指揮官そのものだった。
「ご、ゴクッ…………はぁっ!?」
薬を飲まされた患者の一人が、大きく息を吐き出した。
数秒前まで真っ赤にうなされていた顔からすーっと熱が引き、皮膚に浮かんでいた気味の悪い黒ずみが、汗とともにみるみる消え去っていく。
「ね、熱が下がった……!? 息ができる……! 苦しくないぞ!?」
「私の子も……! 黒い斑点が消えて、こんなに安らかな顔で眠っている……!」
「おおお……神よ! 神の奇跡だぁぁっ!!」
幕舎のあちこちから、歓喜と感涙の声が沸き起こった。神聖魔法でも治らなかった奇病が、アレンの渡した薬と、王子たちの見事な連携によって、わずか数分で瞬く間に鎮静化されていく。
術師たちは「ば、バカな……一瞬で魔素汚染の毒が中和されただと……!?」とガクガクと膝を震わせてひれ伏した。
その頃。
外郭地区の建物の上から、気配を殺して成り行きを見守っていた「外の人間たち」は、またしても号泣の渦の中にいた。
(……見ろ、あの王子殿下の凛々しいお姿を……!)
神聖騎士団長は、溢れ出る涙で視界を濡らしながら叫んだ。
(かつて人前に立つことすらできなかった殿下が、苦しむ民のために堂々と指示を出し、命を救っておられる……! それも神ご本人の手足となって見事な手腕を発揮されているのだ……!!)
(団長! あのお方の精製されたあの薬……! 聖都の最高医術師たちが匙を投げた黒斑病を一瞬で消し去りました! まさしく『理と秩序の神』による大救済です!!)
(全軍、平伏せよ……! 我らは今、神が地上に降臨し、世界を正常へと導く奇跡の瞬間に立ち会っているのだ……!!)
騎士たちは屋根の上で一斉に跪き、胸に手を当てて涙を流しながら神と王子を拝み倒していた。
「ふぅ……。これでこの地区の急性症状は収まったな」
汗一つかかず、手際よく空き瓶を回収したアレンは、ふと聖都の北に聳え立つ巨大な霊峰を見上げた。
「ですがアレンさん、これはあくまで応急処置ですよね?」
着実に成長を遂げた王子が、アレンの意図を正確に汲み取って尋ねる。
「ああ。体内の毒を排出しても、水源である霊峰からの流出が止まらない限り、いずれまた再発する。元凶である大霊脈の詰まりを直接掃除しに行くぞ」
「はい! どこまでもお供いたします!」
「聖騎士として、そして副店長として、お供いたします!」
周囲の過剰な崇拝と勘違いを完全にスルーし、アレンたちは聖都の命運を握る『霊峰レムリア』の山頂を目指して、力強く足を踏み出すのだった。




