第121章:聖都の根本バグと、次なるデバッグ
法皇のお忍び来店という一騒動が過ぎ去った後も、『株式会社バルツァー・ラボ皇王国支店4号』の日常は変わらず平穏に続いていた。
「店長、薬湯の在庫が少なくなってまいりました」
「分かりました、副店長。奥から調合済みのボトルを補充してきますね」
エプロン姿の第一王子――『店長』と、精鋭女聖騎士――『副店長』の手際よい連携は、もはや職人の域に達しつつある。王子の表情からは人前に出ることへの恐怖や緊張が消え、イキイキとした自信が溢れていた。
カウンターの奥で茶を飲みながら、アレンは二人の動きを満足そうに眺めていた。
(王子のストレスに対する耐性も完全に安定領域に入ったな。これなら日常の店舗運営は二人に任せても問題ない)
だが、ふと副店長がボトルの補充を受け取りながら、わずかに表情を曇らせたのをアレンは見逃さなかった。どこか遠くを見つめ、深い溜め息を殺している。
「どうした、副店長。手際が落ちてるぞ」
アレンが淡々と声をかけると、副店長はハッと息を呑み、申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ございません、アレン様……。少々、個人的な懸念にとらわれておりました」
「気にかかること……ですか?」
奥から戻ってきた王子が心配そうに尋ねると、副店長は意を決したように口を開いた。
「はい……。実は、私が所属する神聖騎士団の内部で、数日前からある極秘報告が回っておりまして。聖都の外郭地区にて、原因不明の『黒斑病』と呼ばれる奇病が蔓延し始めております」
「奇病……? 神聖魔法は効かないのですか?」
「それが……どのような高位回復魔法を施しても、一時的な気休めにすらならず、皮膚が黒く変質して激しい高熱と呼吸困難を引き起こすのです。聖都の主要な水源である『霊峰レムリア』から流れる水に、異質な魔素が混ざり込んでいるのが原因ではないかと囁かれています」
副店長の言葉に、アレンは静かに視界の情報を呼び出した。
聖都の周辺マップと魔素循環の構造を『鑑定』でスキャンする。
(なるほど……。霊峰レムリアは、この領域全体の魔素をろ過して循環させる大霊脈か。その排気口にあたる地脈が目詰まりを起こし、未処理の毒素が魔素滞留となって水脈へ溢れ出しているな)
アレンにとっては、魔法の呪いでも奇病でもなく、環境システムの排気不全に過ぎなかった。
「……ただの排気詰まりだな。ろ過機能が壊れて、未処理の不純物が水脈に流出してるだけだ」
「「かんきょうのふちょう……?」」
聞き慣れない言葉に首をかしげる二人に対し、アレンはカウンターに肘をついて説明を続けた。
「水脈に混ざった高濃度の未処理魔素が人の体に入り、許容量を超えて《生体暴走》を起こしている。だから魔法で症状だけを消そうとしても、根源である環境そのものを直さない限り何度でも発作が再発する」
「な……魔法が効かない理由を、一瞬で見抜かれたのですか……!?」
副店長が驚愕に目を見開く。何人もの高位神聖術師や宮廷医術師が原因特定すらできずに頭を抱えていた案件だ。
「で、どうするんだ? 水源の地脈を綺麗に掃除して、汚染された人間に適切な解毒処方を当てないと、そのうち聖都全体に被害が広がるぞ」
「そんな……! 水源の霊峰を浄化するなど、聖都の総力を挙げても年単位の時間がかかります……!」
「いや、そうでもない」
アレンはトントンと自分のポケットを叩いた。
「市場で買い集めた【石膏】【代赭石】【竜骨】【芒硝】、それに地下保管庫で手に入れた超高純度触媒と保存媒体がある。これを組み合わせれば、広域の魔素汚染を一気に中和する大規模浄化陣を組むことができる」
局所の症状を抑えるだけでなく、環境そのものを調整するための素材は、すでにアレンの手元に完璧に揃っていたのだ。
「……アレンさん、私を……いえ、我が聖都の民をお助けいただけますでしょうか!」
王子が勢いよくアレンの前に進み出で、真っ直ぐな瞳で頭を下げた。
「人前に立てるようになった今だからこそ、私は苦しむ民の力になりたいのです! 私も霊峰へお供させてください!」
「私もお供いたします! 店長の護衛として、そして聖騎士として!」
意気込む二人を前に、アレンは面倒くさそうに肩をすくめた。
「まあ、店の環境保全ついでだ。水源が腐って客が全滅したら、ここで商売している意味もないからな。……行くぞ」
その頃。
店舗の異変とアレンたちの動きを察知していた「外の人間たち」は、またしても激震に見舞われていた。
(おい……! アレン様と王子殿下、副店長が旅装を整えて店を出て来られたぞ……!?)
建物の陰で冷や汗を流す神聖騎士団長に、暗部頭が震える声で報告した。
(団長! 法皇庁の地下情報部からの報告です! 今しがた聖都の外郭で発生していた魔素汚染の件……あのお方が『霊峰の穢れを清めに行く』とおっしゃられたようです……!!)
(な、なんだと……!? 国中の聖職者が手を焼いていた霊峰の汚染を……ご自身で直接浄化されに向かわれたというのか……!?)
(まさしく神の御威光……! 神自らが聖都の水源を、そして傷ついた民を救い給うのだ……!!)
(全軍に打電せよ! 神聖騎士団の総力を挙げ、あのお方と王子殿下の霊峰遠征を陰から完璧にバックアップするのだ!! 決してご足労の邪魔をするなよ!!)
騎士団長たちは感涙にむせびながら、聖都の社運を賭けた「神の霊峰浄化遠征」の支援へと一斉に動き出すのだった。
「……なんか、街の警備騎士たちがものすごい勢いで遠巻きについてきてる気がするのだが」
「気のせいですよアレンさん! さあ、霊峰レムリアへ向かいましょう!」
勘違いと熱量に満ちた聖都を背に、アレンたちの新たな「調整の旅」が幕を開けるのだった。




