第115章:魔導市場での素材調達
神殿での「神託」の件で聖都の中枢や警備隊が騒がしくなりつつある中、当のアレンは中央魔導市場の雑踏の中にいた。
色とりどりの素材が並ぶ露店を巡りながら、アレンは保管してある自身の薬草ストックを静かに確認していた。
【麻黄・大黄・附子・人参】――発汗・排泄の促進、心機能の強化、代謝の底上げを担う強力な主薬。
【黄連・黄芩・山梔子】――強い消炎・解熱作用を持ち、呼吸器や消化器の激しい炎症を抑える素材。
【甘草・大棗・生姜】――毒性の中和、胃腸の保護、成分の吸収効率を高める緩衝材。
【地黄・当帰・芍薬・桂皮】――血流の改善や組織の修復を担う、長期的・継続的な調整用の素材。
(手持ちの植物性生薬は十分に揃っている。これだけでも大抵の不調には対応できるが……強力な薬効の反動を抑え、安全に効果を最大化させるなら、鉱物系の素材も押さえておきたいところだな)
アレンの目的は、薬草屋ではなく、鉱物や錬金術の触媒を扱う露店にあった。
棚に雑然と並べられた鉱石や化石に視線を走らせ、固有スキル『鑑定』の情報を静かに浮かび上がらせる。
「……これだな」
最初にアレンの手が伸びたのは、錬金用の建材や試薬として転がされていた白い層状の鉱石――『石膏セッコウ』だ。
極めて高い冷却作用を持つこの鉱物は、麻黄のような作用の鋭い生薬と組み合わせることで、体温の上昇や心拍数の急増(身体の熱暴走)を物理的に抑え込み、鎮咳・消炎効果だけを安全に抽出できる。
続いて、重厚な赤褐色の鉱石――『代赭石タイシャセキ』。
赤鉄鉱を含むこの重い鉱石は、比重の重さを利用して、激しい咳込みや吐き気といった「上へ突き上げる症状」を物理的に押し下げる役割を果たす。
さらに、太古の獣の化石――『竜骨リュウコツ』と、干上がった塩湖から採取された結晶塊――『芒硝ボウショウ』。
竜骨はパニックや激しい動悸を抑える「重鎮」の素材であり、芒硝は大黄と組み合わせることで体内の滞留物や毒素を完全に外部排出させる強力な補助触媒となる。
「客人、お目が高い。その辺りは錬金術の土台に使う鉱石だが……買いかね?」
「ああ。この石膏に代赭石、それに竜骨と芒硝だ。店にある分、全部買い取ろう。裏の在庫も含めてあるだけ出してくれ」
「ぜ、全部かい!? ええと……裏にある分も全部合わせると、それなりの量になるぞ。合計で金貨五枚になるが……」
「構わない。それで頼む」
思わぬ大口客に店主が揉み手で奥から運んできた大量の素材を検品し、アレンは提示された金貨五枚を迷いなく手渡した。
そして、買い取った大量の鉱石類を、そのまま手際よく『アイテムボックス』へと一括収納した。
(よし。これで強烈な発熱から激しい咳込み、果ては突発的なパニックや強烈な排毒処理まで、あらゆる症状に対応する補填素材が十分な量で揃った)
基本となる植物生薬に、リスクを制御する鉱物系の素材が加わったことで、アレンの「調合キット」は完璧な形となった。
買い物を終え、満足して市場の奥へ進もうとしたその時、通りの入口付近から甲冑の擦れ合う重厚な金属音が響き渡り、人々の騒がしさがすっと引き始めた。
厳戒態勢を敷いた神聖騎士団の警備隊が、市場へと進入してきたのだった。
【神聖騎士団】
神聖騎士団の警備隊が市場へと進入してきたことで、通りは一気に緊張感に包まれた。
甲冑を響かせて進んでくる騎士たちの先頭に立つのは、厳格な面持ちをした騎士隊長だ。彼は周囲を見渡すと、腹の底から通る声で宣言した。
「諸君、動揺するな! 我々は不審者を捜索しているわけではない! 先ほど大神殿にて『理と秩序の神』より聖女様以来の尊き神託を賜りし、至高の使者様をお捜ししているのだ!」
その言葉に、市場の売り手も買い手も「な、なんだって……!?」とざわめき立つ。
露店の陰でその様子を冷ややかに眺めていたアレンは、そっと眉間を押さえた。
(……聖女以来の神託? あの適当な言い訳が、なんでそんな大事になってるんだ)
どうやら、この国における「神託」の価値を少々軽視しすぎていたらしい。単なる「現場の応答異常(誤作動)」に対する苦し紛れの言い訳のつもりが、宗教国家の根幹を揺るがす国家的大事件として処理されてしまっていた。
(面倒なことになったな。気配を消して影に逃げるか……)
アレンが気配遮断のスキルを発動させ、自然な動作で裏路地へと足を踏み出そうとした、その時だった。
「隊長殿! あそこにおられるお方では……!? 先ほど当店で、鉱石類を金貨五枚でまとめ買いされていったお客様です!」
先ほどアレンが大量の鉱石を買い占めた露店の店主が、手柄を立てようと無邪気な顔でアレンを指さした。
「何……!? 上質な旅装、一切の邪気を感じさせぬ佇まい、そして市場での突発的な大口取引……! 時間が合いすぎる、まさしく神託の言に示された『市場を巡らせる者』だ……!」
騎士隊長は目を見開くと、一切の躊躇なくアレンの元へと駆け寄り、その場にズシンと重々しく片膝をついた。後ろに続く騎士たちも一斉にそれに倣い、頭を垂れる。
「『理と秩序の神』の使者様とお見受けいたします! 無礼をお許しくだされ! 我らは法皇庁直属、神聖騎士団第三部隊! 法皇殿下がお待ちにございます。どうか宮殿へご同行願えませんでしょうか!」
周囲の群衆から「おお……あのお方が……!」「神託を授かりし御方……!」と感嘆と畏怖のどよめきが巻き起こる。
逃げ道を完全に塞がれたアレンは、無表情のまま心の中で盛大に溜め息をついた。
(……完全に見誤ったな。『ここでの商売を認めよう』なんて適当な神託を捏造したせいで、伏線がしっかり回収されちまった)
ここで力ずくで振り切って逃走すれば、それこそ「神聖冒涜の罪人」として国家規模の指名手配を受け、目的である中央魔導市場での調査や研究どころではなくなってしまう。
思考を一瞬で巡らせたアレンは、諦めて肩の力を抜いた。
「……分かった。案内してもらおう」
「ははっ! 感謝いたします!」
恭しく先導する騎士団に囲まれながら、アレンは白亜の宮殿――法皇庁へと向かって歩き出した。
(まあいい。法皇と直接会えるなら、この国の最高レベルの閲覧権限を要求して、超希少な魔導素材の保管庫でも見せてもらうと交渉するか……)
自分のついた適当な嘘がもたらした国家レベルの誤解を、ちゃっかり自分の利害に利用してやろうと、アレンは静かに思考を切り替えるのだった。




