第109章:かとう商店の真実と、過去の痕跡
ささやきの森の深部、空間の歪みが最も色濃く渦巻く一角。
視界の端にぼんやりと浮かび上がったその建造物を認めた瞬間、アレンの足取りがピタリと止まった。
鬱蒼とした原生林のただ中に、場違いなまでに人工的な木造の店舗。
その軒先には、経年劣化と空間の摩擦によってやや傾き、今にも倒れかけようとしている古びた看板が掲げられていた。そこには、この世界の公用語である魔導文字ではなく、紛うことなき母国の文字でこう記されていた。
――『かとう商店』。
「ステータス…じゃなくて、かとお? 日本人か?」
アレンの整った眉間が、わずかに不機嫌そうに寄る。
この世界に存在するはずのない文字。そして「商店」という、あまりにも生活感に満ちた土着的な響き。
まさか、自分と同じようにこの世界へ流れ着いた「転生者」が、過去のこの地に存在していたというのか。
傾きかけた「かとう商店」の看板を前に、アレンの思考は冷徹に思考をめぐらす。
と、その時――。
『――「サトオ様」』
「なに……サトオ、だと?」
空間のひずみから頭の中に直接響いてきた電子音ではない「声」。
自らを『万物鑑定』のスキルと名乗り、かつて「サトオ」と呼ばれた男の名を叫んでいる。
この万物鑑定というシステムは、まるで肉声で語り掛けているように話しかけてきている。
俺の知っているシステムは機械的なシステムメッセージだ。淡々と定型文のステータスや警告音を吐き出すだけ。
それなのに、まるで目の前に生身の人間がいるかのように、必死に、懇願するようなトーンでこう語りかけてきたのだ。
思考の海を巡らせるアレンの脳裏に、あの時空間のひずみから響いてきた声が話しかけてくる。
システムが意思を持って語りかけてくること自体、通常の魔導理屈からすればあり得ない異常事態――いわゆる「暴走したAIの残骸」のようなものだ。
無駄に情緒的なメッセージを送りつけてくるその仕様に、アレンはわずかな頭痛を覚えつつも、その向こう側に隠された「世界のバグの真相」を暴くため、あえてその語りかけに応じるように一歩を踏み出すのだった。
アレンは小さく鼻で笑いながら、目の前の空間の揺らぎを睨みつけた。
この世界に飛ばされてきたのは、自分一人だけではなかったということか。
自分より以前に、同じように「サトオ」という名の日本人がこの世界に流れ着いていた。
しかも、その存在はただの異世界人にとどまらず、この世界の根幹システムや固有スキルと深く結びついていたらしい。
「……どうやら、この世界の歴史の裏側には、俺以外にもシステムや転移者の不法投棄データがこびりついているらしいな」
「聞き間違いだな。俺はサトオではない。アレンという、別の人間だ」
アレンが冷徹にそう返答した瞬間、目の前の空間のひずみが激しく明滅した。
頭の中に直接響いてくる声は、パニックを起こしたかのようにノイズ交じりに震え始める。
『なっ……!? バカな、そんなはずは……! 私の生体周波数データはあのサトオ様と完全に一致している……いや、待て、魔力のノードがわずかに違う……!?』
混乱の末に、『万物鑑定』と名乗ったその存在は、やがて気まずそうに、しかしどこか縋るような声音で真実を語り始めた。
『……失礼いたしました。私は、かつて別の空間にてサトオ様に譲渡され、この時空の管理と世界情報の解析を委託された固有スキル、『万物鑑定』の残影……』
語り継がれたのは、かつてこの世界で起きた「もう一つの物語」だった。
サトオ。彼もまた、アレンと同じように日本からこの世界へと迷い込んだ転移者だったという。
転移の際、彼は世界を揺るがす「勇者の力」を譲渡された。だが、その能力があまりに強力すぎたがゆえに、サトオはその圧倒的なチートスペックの制御に苦しみ、身悶えしながら過酷な冒険を続けることになった。
生き残るため、そして理不尽な環境を最適化するため、サトオは持ち前の知識を総動員した。その過程で立ち上げられたのが、あの『カトオ商会』だ。
『サトオ様は、あらゆる生産効率と流通の最適化を求めました。ですが……あまりにその効率化が行き過ぎた結果、この世界の文明水準や経済バランスは完全に狂い、修復不可能なエラーを引き起こしたのです』
人の分を超えた効率化は、世界の神々にとって許容しがたかったのだろうか。
あるいは、おもちゃのバランスを壊された子供の癇癪のようなものか。
サトオが築き上げた文明の栄華は、のちに「神」の手によって容赦なく時間を巻き戻され、すべてが無かったことにされたのだと、『万物鑑定』は悲痛なトーンで告げた。
「……ふむ」
アレンはその話を、どこか他人事のように冷めた目で聞いていた。
効率を極めた結果として文明が崩壊したというなら、それはシステム側の設計不良、あるいは単に管理者のデバッグ能力が低かっただけの話だ。
「過去の転移者がやらかしたバグの後始末を、いまさら俺に関係づけられても困るんだがな。……で、その取り残されたお前は、ここで何をループしているんだ?」
アレンが冷ややかな視線を空間のひずみに向けた時、さらなる世界の深淵を揺るがす声が、静かに響き渡るのだった。
神の間と、救済という名の強制介入
『万物鑑定』の残影との対話の最中、視界の風景がパチンと音を立ててブラックアウトした。
気付けば、ささやきの森の深部でも、傾いた「かとう商店」の看板の前でもない。そこは物質的な質量の一切存在しない、どこまでも白く無限に広がる虚空――幾重ものパラレルワールドの残影が蜃気楼のように揺らめく、神々の領域だった。
『これは救済処置ですね。あなたは時空に飲まれかけていましたから』
静謐でありながら、底知れぬ圧力を伴う声が響く。
アレンの目の前に現れたのは、かつてエルエルの上司である「あの管理者」にして、正真正銘の「神」であった。
アレンは動じることなく、ただ白けた表情のままポケットに手を突っ込んでその存在を見上げる。
「救済、ねぇ。勝手に時空のひずみに放り込んでおいて、都合のいい解釈だな。それに、俺はあそこでまだ『万物鑑定』とデータの突合をしている途中だったんだが」
アレンの不遜な態度に対し、神は微塵も怒る気配を見せず、ただ穏やかに、しかし冷徹な光を湛えた瞳を向けた。
『あそこに長居すれば、君の存在そのものが古い歴史の残影と同化し、かつてのサトオのように一つのエラーログとして巻き戻しの対象に組み込まれていたことでしょう。だからこその強制転送、つまり救済処置です』
「……フッ。ありがた迷惑な話だな。で、わざわざこんな高次のデバッグルームに俺を引きずり出したってことは、何か説明義務でも発生したのか?」
アレンが冷ややかに言い放つと、神はかすかに微笑み、虚空へと指を向けた。その先には、無数の小さな光の粒――それぞれが異なる時間を刻む「箱庭」のような世界が、幾重にも浮かび上がっていた。
多重時間軸と、上位存在の不可解
白濁した蜃気楼の空間で、アレンは目の前に立つ「神」を見据えながら、先ほどの『万物鑑定』から得た情報を整理してぶつけた。
「さっきのスキルの話によれば、そのサトオという男は、効率を求めて世界を改変しすぎた結果、途中で時間を巻き戻され、その強力な能力すら封印・劣化させられたそうだな」
アレンの問いかけに、神は微かに目を細め、興味深そうな仕草を見せた。
『ほう。『万物鑑定』はそこまで語りましたか。……ええ、おおむね事実でしょうね』
「……というと?」
神は漂う無数の光の粒――異なる時間軸を内包する箱庭の残影へと視線を向けながら、静かに語り出した。
『この蜃気楼のような空間のひずみは、単なる過去の痕跡ではありません。幾重ものパラレルワールド、そして無数の多重の時間軸が折り重なる世界の「交差点」のようなものです。そして、あのサトオが迷い込み、そして切り捨てられた世界には、その軸を統括する別の「神」が存在していました』
神は自身の胸に手を当て、どこか皮肉な響きを含んだ声で続ける。
『私自身もこの世界の管理者ですが、私はあくまで一つの「軸」を直列で管理することに特化しています。もしかすると、サトオを翻弄したあの世界の管理者は、私よりもさらに上位のレイヤーから世界を俯瞰し、無数の枝分かれした歴史を同時並行でいじくるような、より高位の存在だったのかもしれませんね』
「……上位の存在、ねぇ」
アレンは鼻で笑い、冷めた視線を返す。
『一軸しか管理していない』と語る目の前の神でさえ厄介な仕様の塊だというのに、それ以上のレイヤーからマルチスレッドで世界を弄ぶ存在がいるというなら、それはもう悪質なバグの温床でしかない。
「で、その上位の神は何を考えてそんな面倒くさいマネをしたんだ? わざわざ築き上げた文明をリセットし、能力を取り上げて封印・劣化させるなんて、リソースの無駄遣いにもほどがあるだろ」
合理性を何よりも重んじるアレンにとって、これまでの歴史の巻き戻し劇は理解不能なエラーそのものだった。
だが、神は静かに首を横に振ると、さらに深く残酷な真理を語り始めるのだった。
【神の性格と、箱庭の遊戯】
神はアレンの問いかけに対し、ふっとかすかな笑みを浮かべた。
その表情には、同業者に対する呆れのような、あるいは底意地の悪さを看破したような冷徹な響きがあった。
「……いや。今までの話を聞く限り、少し異なるみたいだね」
アレンは冷ややかに視線を据え、自らの推理を言葉にする。
「その神が、お前より上のレイヤーにいるわけじゃない。おそらく、その神もまた、一つの世界――一つの軸しか管理していない、お前と同格の存在だ。ただ……その世界の神は、決定的に『性格に問題がある』ようだな」
アレンの言葉に、神は否定も肯定もせず、ただ静かにうなずいた。
「性格に問題、ですか」
「そうだ。自分の思い通りにならないと癇癪を起こし、せっかく組み上げたシステムを無かったことにする。そんな悪質なバグ潰しを繰り返しているだけの、単なる子供の玩具遊びだ」
アレンは冷めた目で、虚空に浮かぶ無数の光の粒を見据えた。
そして、かつて自身が至ったその構造の本質を、例え話として冷徹に言い放つ。
「例えばだ。君が広い庭のある家に住んでいたとしよう。そこに、約100坪ほどの箱庭を君自身の手で作る。最初は土を運び、整地をし、山や谷、平原を作ってもいい。そこへ水を注ぎ込めば、簡易的な『原始の世界』の完成だ」
神は黙って、アレンの言葉の続きを促す。
「その世界の時間の進行は特殊でね。君がじっと観察しているときはゆっくり進み、目を離して放置しているときは急速に時間が進む。箱庭の住民たちは勝手に進化を続け、やがて独自の文明を築き上げるだろうね」
アレンの声には、理不尽な創世主たちへの嘲りが含まれていた。
「だが、性格の悪い神というのは、自分の思い通りにならないと、あるいは少し退屈すると、直接ちょっかいを出したがる。水を抜き、地面をすべて更地に戻せば、そこにいた生物は生き延びることはできない。すべてがリセットされ、世界は再び原始へと巻き戻る」
「そして、また新しい生命が芽吹くのを僕達、神は眺めるのさ……」
神が静かに引き継いだその言葉に、アレンは冷たく同意した。
「ああ。おそらく、かつてサトオという男が生き抜いた世界を管理していた神は、自分都合の気まぐれで歴史を途中まで巻き戻し、気に入らなければまた最初からやり直す……という残酷な遊戯を繰り返していたんだろう。彼らの文明ごと、ね」
理不尽なセーブデータのロード。労力を無視した強制リセット。
合理性を好むアレンにとって、そんな私情で世界を揺るがす管理者の存在ほど、排除すべき「最大のエラー」はなかった。
【物理法則の矛盾と、補正の力】
白濁した虚空に響く神の声は、どこか諦めにも似た冷徹さを帯びていた。
「だから私は、直接介入しないのさ」
神はアレンを見据え、静かに続ける。
「君へ依頼している各地の異常な空間の歪みの修正もそうだ。あれは私が好んで放置しているわけではない。君が起こしたその行動も、すべてはこの世界における『補正』の一環なのだよ」
「補正、だと?」
アレンがわずかに眉をひそめると、神は例えを続けるように虚空へ手をかざした。
「君が起こした干渉――例えば『物理現象』で例えよう。君の元居た世界では、地球は丸く、周囲の天体は太陽の周囲を回るという重力と天文学の法則が絶対の前提だったはずだ。だが、こちらの世界が同じ物理条件に従っているとは限らない」
神の言葉に、アレンの脳裏で前世の科学知識とこの世界の魔導理屈がクロスする。
「もし、その地球の物理法則と、この異世界の物理法則とで根本的な矛盾が生じた場合――どうなると思う?」
「……システム側がエラーを検知し、強制的な辻褄合わせを行う、か」
アレンが冷ややかに答えると、神は深く頷いた。
「その通りだ。この世界では、その生じた矛盾を強引にでも『補正』しようとプログラムが作動する。例えば、時間を無理にいじれば、人の寿命というマクロな生態系データそのものを書き換えてしまうかもしれない」
神の声が、わずかに重みを増す。
「もし人間の寿命が数百年へと延びれば、死亡率の低下によって人口が爆発的に増え、やがて文明は限界を迎えて食物が枯渇し、人類は絶滅するだろう。逆に、寿命が極端に縮めば、個体の成育と種の確保が追いつかず、その世代だけで種が途絶える」
小さな狂いが、システム全体の崩壊を招く。
だからこそ、神は自ら手を下さず、合理的な思考を持つアレンに「バグの修正(歪みの修正)」を外注しているのだ。
理不尽なリセットを繰り返す他の神々とは違い、この神は「世界の崩壊を防ぐための必要最低限のデバッグ」を淡々と実行しようとしているに過ぎない。
「……なるほどな」
アレンは鼻で笑い、冷徹な瞳で神を見据えた。
「要するに、お前がやっているのは神の気まぐれな遊戯ではなく、ポンコツな世界システムの仕様維持のための、泥臭いエラーパッチの当て続けってわけだ」
大気の改変と、生態系の強制再コンパイル
神の言葉を聞き、アレンはわずかに目を細めた。
脳裏に蘇るのは、かつて自分が何気なく、あるいは効率を最優先して実行したいくつかの「環境最適化(という名の魔導介入)」のログだ。
「……空気の成分を操作したね?」
神のその指摘に、アレンは否定も肯定もせず、ただ冷ややかに鼻を鳴らした。
確かに、これまでの道中で代謝効率や燃焼効率を上げるため、あるいは特定の魔導回路の出力を安定させるために、局所的な大気組成比率や気圧の微調整を行った覚えがある。科学的なパッチを当てただけのつもりだったが――それがマクロな世界システムにどう影響するかは、計算の範疇外だったわけではない。
「その補正はどうなると思う?」
神は意味深な笑みを浮かべ、淡々と問いかける。
「多分だけど、空気の成分が変わるだろうね。例えば……窒素の割合が増えればどうなるかは、君が一番詳しいね」
――窒素過剰。あるいは酸素濃度の急激な変動。
前世の地球科学の知識を持つアレンであれば、それが意味する結果など一瞬で導き出せる。大気バランスの崩壊は、呼吸システムの麻痺、温室効果の急変、そして地表の全生物に対する致命的な酸欠や中毒を引き起こす。
「今の生物は死に絶え、その環境に適した新たな種が誕生する。……そういうことだ」
神の言葉は残酷なまでに合理的だった。
管理者が手を下さなくても、環境データを書き換えれば、システム側が自動的にその不整合を埋めるために「死と再生の強制アップデート」を実行する。都合の悪い古い生物種はすべてエラーとしてパージされ、新しい環境に適応した突然変異種だけが再コンパイルされていくのだ。
「だから私は、その補正をお願いしたのだよ」
虚空に響く神の声には、どこか疲労の色と、アレンという「例外的なバグ修正者」に対する全幅の信頼が混じっていた。
気まぐれで世界をリセットする悪質な神々とは違い、この神が求めているのは、世界の崩壊を防ぎながら致命的なエラーを最小限のコストで回収すること。
アレンは腕を組み、やれやれと小さく息を吐いた。
「……つまり、俺が空気の成分をいじったり、勝手な文明の最適化を行ったりするたびに、この世界のあちこちでシステムが勝手に大暴走を起こしかけていると。……まったく、面倒なバグを背負わせるプログラムだな」
不平を言いながらも、アレンの脳裏ではすでに、改変された大気組成と生態系の矛盾を相殺するための「逆算式パッチ」のコードが高速で組み上がり始めていた。
【理性の限界と、管理者の同情】
神の淡々とした論理展開に、アレンはわずかに片眉を吊り上げた。
「理屈は理解した。俺の理性はそう言っている。……だが、この理屈っぽい説教にはうんざりするな」
効率と合理的数値を尊ぶアレンにとって、世界の仕組みを延々と解説される講義じみた時間は、最も退屈で非効率なノイズに他ならない。
だが、冷徹に世界を分析し続ける思考の片隅で、アレンはふと、目の前の「神」と、いつも自分の足元でこき使われている自称・管理者の姿を重ね合わせていた。
常にシステムの矛盾に頭を悩ませ、エラーの尻拭いに奔走し、気まぐれな上位存在の尻馬に乗りながらも、どうにか世界という巨大なプログラムを崩壊させないように維持し続けている。
「――このバグだらけの説明を長々と嫌味たっぷりで聞いていると……少し、ポンコツエルエルにも、同情を覚えてくるな」
ぽそりと吐き捨てたアレンの呟きに、神はわずかに目を丸くし、そして噴き出すように静かに笑った。
「ほう。君が他者に――それも管理側に同情を覚えるとはね。少しは人間らしくなったということかな?」
「まさか。ただのシステムエラーの連鎖に対する、構造的な同情だ。お互い、面倒な下僕と無能な上司を抱えて苦労するわけだな」
アレンが冷ややかに言い放つと、神の間を包んでいた白濁した蜃気楼の光が、ふわりと穏やかに揺らめいた。
神はフッと冷徹な笑みを深めると、虚空に浮かぶ無数のエラーログへと手を伸ばし、一つのパッチデータをアレンの足元へと投げ込んだ。
「君が各地の歪みを直すたびに生じる世界の綻び、それを相殺するための私からの特別権限だ。受け取りなさい」
アレンの脳内に直接叩き込まれたその概念のデータは、世界のあらゆる矛盾を無理やり繋ぎ合わせるための特異な補正プログラム――『因果律の泥臭い辻褄合わせ(ラフ・アジャスト)』だった。
「……ふっ。スマートさのかけらもない、文字通り泥臭いパッチだな」
口では呆れながらも、アレンはその新たな補正権限を自分の魔導回路に瞬時に組み込み、世界の理をねじ伏せるための準備を淡々と整えるのだった。
「君は、そこの万物鑑定君を連れて行きなさい」
「……は?」
アレンが思わず眉間にしわを寄せ、冷ややかな声を漏らす。
時空のひずみに残響としてこびりついていたあのポンコツの固有スキル――かつてサトオを補佐し、いまや時代遅れのログと化したエラーの塊を、なぜ自分が引き取る必要がある。
「あれはただの古いデータだ。俺のデバッグ作業の邪魔でしかないが」
アレンが冷たく拒絶しようとした瞬間、神は軽く手を振ってみせた。
「あそこに放置すれば、再び古い歴史の残影に埋もれ、ただのゴミクズのようなバグとして消去されるだけだ。だが、君と接続させれば、データベースとしてのリソースくらいにはなるはずだよ。何より……あのままでは私の方のシステムメモリを圧迫するしね」
つまりは厄介払いの押し付けというわけだ。
合理性を好むアレンにとって、リソースの再利用になるという理屈自体は理解できなくもないが、あの妙に感情豊かで語りかけてくる面倒な仕様が付き纏うのは、どう考えても非効率の極みだった。
だが、神が指をパチンと鳴らした瞬間、アレンの足元――正確には影の領域から、ガタガタとノイズを纏ったウィンドウが強引に展開される。
『あわわわ……!? サトオ様……いや、アレン様!? 私をどこへ連れていくつもりですか!? 待ってください、私の鑑定機能はまだ――!』
頭の中に直接響いてくるけたたましい電子音と悲鳴に、アレンは盛大に頭痛を覚えるのだった。
「……勝手に組み込むな。五月蠅い(うるさい)ぞ、お前は今日から『万物鑑定』ではなく『鑑定』に格下げだ」
「勝手に喋りだすなよ。うるさいからな」
理不尽な強制伴を言い渡されたアレンは、やれやれと深く息を吐きながら、新たな厄介ごとを背負って現実世界への転移光の中に消えていくのだった。




