第108章:万里の長城と、森の中の補給村
ささやきの森の奥へ足を進めるにつれて、木々の隙間から人工的な巨大建造物が姿を現した。
国境沿いの街道は、ささやきの森の広大な原生林を幅およそ一キロメートルにわたって綺麗に切り開いた空間に築かれている。そこにそびえ立つのは、まるで異世界の「万里の長城」を思わせる、圧倒的な規模の城壁のような国境防壁だった。
この壁は魔法帝国とレムリア皇王国の共有財産として厳格に管理されており、双方の国家にとって不可侵のラインとなっている。
そのため、いかに争いが起きようとも、この構造物を故意に破壊するような愚行はご法度とされていた。
防壁に沿って何十キロメートルもの距離ごとに検問所が設置されているが、これらは一般の旅人に解放されているわけではない。
もっぱら軍やギルドの物資搬入用として機能していた。
地理的に見て、レムリア皇王国側のほうが森の奥行きが浅く、物資の流通もしやすい。そのため、この国境付近の検問所における補給や維持管理は、主に皇王国側からの輸入や支援に頼っているのが実情だった。
――もっとも、両国の関係が決定的に悪化しているわけではない。「今のところは」という不安定な均衡の上の話であるが。
「一般向けの検問所は、この深い森を完全に抜け切った先にある……つまり、かなりの距離をこのまま森づたいに迂回し続けなければならないというわけか」
地図を確認しながら、アレンは小さく息を吐いた。
そんな過酷な道中を進むこと数日。ようやく、森のほぼ中央に位置する中間地点へと到達した。
ここはもともと、検問所や防壁を維持するために築かれた物資補給用の拠点が、そのまま自然発生的に小さな村へと発展した場所だった。
皮肉なことに、この一帯はささやきの森が最も深く、魔素の濃度も高まる最深部に位置している。
「ふむ、この規模の村であれば、最低限のインフラは整っているな」
視線の先には、旅人向けの看板を掲げた宿屋の建物が見える。
ボアの野営肉ですっかり油っぽくなった体と、数日間の超音速移動で蓄積された疲労(および微細な埃)を思い出し、アレンは乾いた唇を緩ませた。
「――よし。この環境であれば、温かい湯に浸かれそうだ。久々に風呂に入るとしよう」




